仕事のとらえ方を拡張してみませんか? 

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「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」――仏哲学者・アラン

仕事を楽観的・意志的に拡大解釈すると……

悲観主義で物事をとらえるか、それとも楽観主義で物事をとらえるかで、人生・仕事はまったく違った景色に見えてきます。

仕事は多分にしんどいものですが、楽観的・意志的に構える人は、「仕事はしんどいけど、面白みがある」になります。逆に、悲観的・感情的に流される人は、「仕事はしんどくて、つらいだけのもの」になります。

この心持ちの差は、5年、10年、20年が経つ間に、決定的な差になってくるでしょう。私たちはどのみち働いて生きていくわけですから、仕事を楽観的にとらえていく意志的努力は非常に大切なものです。

例えば、仕事は「ゲーム」だと考えてみる。

ゲームは勝負事ですが、遊び心をもって楽しんでやるものです。現在、目の前にあるトラブルや困難は、ゲームを面白くするためにゲームメーカーが仕組んだ障害物だととらえてみましょう。スマホゲームを1面1面クリアしていくように、1つ1つの問題を解決して、「よーし、次の面はどんな面だ」と待ち受けることができれば、たいしたものです。

また、仕事は「絶好の学び機会」だと解釈してみる。

仕事はさまざまに私たちに解を出せと求めてきます。しかし、解がすんなり出せる公式はありません。だからこそ、無上の学習機会なのです。しかも、給料をもらいながら、こうした学習と経験ができるのです。有り難い話ではないですか。

さらに、仕事は「アート」だととらえてみる。

今は、一個人の趣味やスタイルが、多くの人の心をつかまえて、そのままビジネスになりうる時代です。自分の興味・関心の向くまま、好奇心をエネルギーに変えて、「こんなこと考えてみました」とか「こんなふうにつくってみました」と、自分表現のアウトプットを上司や組織に提案してみましょう。思わぬところから、「お、それいいね」と反応が起こり、一気に仕事が面白くなるかもしれません。

悲観の引力に身を任せると仕事は「労役」になる

フランスの哲学者ベルグソンは次のように言いました。

「生命には物質のくだる坂をさかのぼろうとする努力がある」(『創造的進化』より)

私たち一人一人は傾斜に立っています。つまり自分には常に下向きの力がはたらいています。ですから、私たちは気を緩めれば、いつでも下に転がるような摂理の中に身を置いています。

この傾斜という負荷に対し、抵抗をやめることは基本的にラクです。しかし、そのラクの先に天国はありません。

逆に、私たちは「仕事」という傾斜を上っていく努力をする限り、何らかの成長や喜びを得ることができます。ただし、その努力の先に必ず天国があるかどうかはわかりません。これがこの世の深遠なところです。しかし、傾斜を上ろうとするその過程にこそ幸福はあると私は思っています。

仕事という傾斜に対し抵抗をやめれば、そこには「労役」という別の世界が待ち受けています。この世界に入り込んでしまうと、ほんとうにツライです。ネガティブ回路が増幅して脱出も難しくなります。

目の前の仕事を労役にせず、仕事をよりよい機会にするために、私たちはたくましき楽観主義が必要です。もちろん心構えだけで、難しく入り組んだ個々の仕事問題が解決できるわけではありませんが、楽観的意志を持つことはよりよき仕事・キャリアへの土台となります。

ベルグソンが言ったように、物質である石ころは傾斜を転げ落ちるしかありません。しかし、私たち人間は意志を持って坂を上っていけます。坂を上ることを、ゲームととらえたり、学びととらえたり、アートととらえたり。そういう解釈が健やかなエネルギーを湧かせます。

さて、2017年も下半期がスタートしました。仕事に面白みを感じている人も、そうでない人も、仕事を今一度、楽観・意志的にながめ、新鮮な解釈で取り組んでみてはいかがでしょうか。

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