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見習ってはいけない!? 「いきなり!ステーキ」のNYC進出成功

投稿日:2017/05/10更新日:2019/04/09

ペッパーフードサービスが経営する「いきなり!ステーキ」(以下、いきステ)の米国初出店が好調のようだ。今年の2月にステーキの本場ニューヨークにオープンした1号店は、連日400人もの客が訪れる繁盛ぶりだという。

特にメディアが注目しているのが、同社の一瀬社長が「ニューヨークの事情に合っていない」という周囲の反対を押し切り、米国では珍しい立ち食いスタイル、ステーキ肉のグラム表示(通常、米国ではオンス表示)での量り売り、レアな焼き加減でのステーキ提供(現地ではウェルダンが好まれる)など、あくまで日本流を貫いて米国出店を成功させた点である。「日本でのやり方をすべてそのまま、『これがジャパンスタイルだ』とニューヨーカーにぶつけた」(※1) 姿勢が、日本の外食関係者やいきステのファンを勇気づけているようだ。

しかしながら今回のいきステの成功をもって、他の企業までもが「日本のユニークなサービスは海外でも十分通用する」と自信を深めてもらっては困る。日本のサービス企業、特に飲食チェーンの海外での打率は総じて低い。黒字化の目途が立たずに撤退を決めた企業、中心部にある数店舗は維持していても、何年経っても多店舗化できない企業など、まさに死屍累々の世界である。そんな中でのいきステ海外1号店の成功は、戦略の勝利と言えるのか、それとも単なるまぐれ当たりなのだろうか・・・

NYCで奏功したビジネスモデル

そもそもサービス企業の海外展開が難しいのは、進出の過程でうっかり踏んでしまいがちな地雷が、モノづくりに比べて圧倒的に多いからだ(参照:『おもてなし』が海外に広がらない7つの理由)。ところが、いきステのビジネスモデルを冷静に観察すると、サービス企業が海外展開で遭遇しがちなハードルのうち、幾つかをうまくクリアしている点に気づく。

1つめの勝因は、価格競争力を維持できている点だろう。皆さんも海外旅行に出かけた時に、日本では低価格チェーンだと思っていた飲食店が海外ではずいぶんと値の張る店になっていてビックリした経験があるのではないか。飲食チェーンの多くが海外で価格競争力を失ってしまうのには複数の要因があるが、特に大きいのが食材の原価である。日本で提供している味を再現しようと、食材を現地調達ではなく、わざわざ日本などの海外から仕入れるために、材料費や輸送コスト、関税などが嵩んでしまうのである。

一方、いきステの場合、食材のほとんどは肉。そして肉であれば日本よりも低コストでステーキに適した食材が米国現地で手に入る。この調達の容易さが、サーロイン200グラムで16ドル(約1700円)という日本と同様の値ごろ感の実現につながっている (※2)。

2つめの勝因は、現地でのサービス品質の担保にある。モノづくりに比べて、サービスは従業員という人に頼る部分が大きいのは言うまでもない。しかし言語や価値観、生活習慣の異なる現地従業員を教育するのは非常に大変で、日本でのサービス品質をなかなか現地で再現できない企業が多い。

一方、いきステの場合、現地従業員に教えなければならないことは相対的に多くない。メニューは(多少のサイドメニューはあるが)ステーキに絞られており、調理も基本は肉の表面を焼いて出す(後は顧客自身が好きな焼き加減まで待つ)だけだからだ。オペレーションがシンプルである分、従業員の採用育成のハードルも下がるし、現場の従業員としても接客に集中できる強みがある。実際にいきステに関する海外メディアや外国人のSNS投稿を分析すると、(意外かもしれないが)接客に関する好意的なコメントが目立つ。いきステのサービスが持つ、この横展開のしやすさは、今後の米国内での多店舗化でさらに大きな意味を持ってくるだろう。

3つめの勝因として、話題性がもたらす集客効果がある。一般的にサービスはモノづくりに比べてマス広告との相性が悪く、新規参入市場での顧客開拓に時間がかかるとされる。そのため飲食チェーンが初めて海外進出した際には、当初の低稼働は覚悟の上で、来てくれた顧客の満足を大切にしながら、少しずつ顧客ベースを増やしていくのが通常である。ところがいきステの場合は、立ち食いスタイルという際立った特徴が、開業前後からメディアやSNS上での話題となり、顧客が押し寄せる好結果となった。

「俺の」シリーズは何故うまくいかない?

ちなみに高回転の立ち食いレストランの元祖と言えば「俺のフレンチ」や「俺の割烹」を展開する、俺の株式会社だが、同社の海外展開は芳しい進捗ではないようだ。元々は同じ立ち食いスタイルではあるものの、「俺の」で必要とされる食材は実に多様で、いきステが牛肉に集中できるのと比べると原価コントロールでの苦労が多いはずだ。加えて「俺の」では有名シェフのような人材がウリになっている点が、海外展開においては人材獲得や教育面での足枷になる恐れがある。また「俺の」では2015年の中国進出時に椅子席中心の店舗にしたこともあって、立ち食いは現地であまり話題に上らず、結局立ち席は全廃されたという(※3)。一見すると似ている「いきステ」と「俺の」のビジネスモデルだが、海外展開のスタートラインに関する限り、だいぶ明暗が分かれている。

最後にもう1つ。いきステの成功では、ビジネスモデルの相性の良さだけでなく、参入プロセスにも勝因がありそうだ。

サービスには、生産と消費とが同じ場所で行われる「不可分性」という特徴があるのはご存じだろうか。実はこの不可分性がサービスの海外展開のリスクを高めている。メーカーの場合だと、最初に海外企業へのライセンシングがうまく行ったら、自社の輸出に切り替え、次に現地に販売拠点を設け、さらに製造拠点を設ける・・・といった具合に、バリューチェーンを切り分けながら段階的に海外展開を進められる。ところがサービスの場合、不可分性のために(生産と消費を切り分けて)段階的に進めるのが難しく、海外進出するには最初から全機能を現地に持っていかなければならない。飲食業であれば、とにかく現地に店を構えてみて、一か八かの勝負に出るのである。

今回のいきステの米国進出も、マスコミでは「一か八かの賭けに勝った」ように報じられているが、本当にそうだったのだろうか。実は同社は2015年夏にもNYCでの開業を予定しながら直前で流れてしまった経緯があり、その頃から関係者は用意周到に準備してきたと筆者は見ている。そして準備の場の1つとして機能したのが、訪日インバウンドだろう。新宿や渋谷のいきステの店舗は、訪日外国人の間でも認知度は高く、トリップアドバイザーなどのレビューサイトでも参考になる外国人のコメントが多い。メーカーのようにライセンシングや輸出といったステップは踏めなくとも、海外店オープン前に訪日外国人向けのサービスで学習することは十分に可能だったはずだ。実際に今回のNYC進出にあたっては、立ち食いスタイルや肉のグラム表示といった点では日本流を貫いたが、テーブルの高さなどの細かい点では米国市場に合わせた修正を行っている。

繰り返しになるが、いきステの成功を見て「日本のユニークなサービスは海外でも通用する」と手応えを覚えるのは早計である。読者を興醒めさせるのは申し訳ないが、今回の話から我々が学べるのは「環境と戦略とがフィットした時にビジネスは成功する」という極めて当たり前の教訓でしかない。

※1 「『いきなり!ステーキ』NY1号店大成功のワケ」(2017年4月11日、東洋経済オンライン)
※2「立ち食いステーキ旋風」(2017年4月20日、日経産業新聞)
※3「“外食革命”は輸出できるか?」(2015年9月22日放送、テレビ東京「ガイアの夜明け」)

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