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シリコンバレーで「第3のヤマハ」を作る ~米ヤマハ・モーター・ベンチャーズ西城洋志氏【番外編2】

投稿日:2017/05/02更新日:2019/04/09

シリコンバレーで異彩を放つ日本人がいる。西城洋志――。2014年にシリコンバレーに乗り込み、2015年にヤマハ・モーター・ベンチャーズ・アンド・ラボラトリー・シリコンバレーを創設した。なぜ、ヤマハ発動機がシリコンバレーなのか、何をしようとしているのか。ロングインタビューを前編に続いてお伝えする。(聞き手は、水野博泰=GLOBIS知見録「読む」編集長)

(前編から読む)

CVCとBDを抱き合わせた深慮遠謀

知見録: 2014年12月に本社経営陣に提案した「仮説」とはどのようなものだったのか?

西城: 僕はこう説明した。

今のヤマハ発動機は、エンジンという資産をベースにモノを売ってお客様に楽しい経験を提供している。一方で、世の中を見ると人の価値認識が変わりつつあり、所有から共有へのシフトが起きている。「インターネット前」と「インターネット後」で人々の考え方が極端に、非連続に変わった。これはヤマハ発動機にとって脅威ではなく、チャンスである。このチャンスを取りに行かなければならないが、現状当社はインターネット前の人間が主であり、その人たちはインターネット後の世界に進むことを脅威に感じている。だから、新しいチームを作る必要がある。これがまず1つ。

今までやったことが無いことをやるのだから、当社の中には資産も技術もないということが当然あり得る。過去にも「やりたいことはあるが、実現するためのリソースが無い」というところで進まないことがあった。だから、外部のリソースを獲得するためにコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)の機能を持つ必要がある。つまり、お金で知らぬ世界を学び、事業機会を獲得するということが1つ。

もう1つは、面白いが社内に知見や経験が無くなかなか前に進めないアイデアをシリコンバレーに持ってきて、オープンイノベーション型で事業開発するというビジネス・デベロップメント(BD)機能だ。

そして、CVCとBDをシリコンバレーで実行する現地法人を作る。それがヤマハ・モーター・ベンチャーズであり、「3つ目のヤマハ」の核となる。

知見録: CVCとBDの両方を持つ狙いは?

西城: かつて、多くの日本企業がシリコンバレーにCVCを作ったが、ことごとく失敗し、撤退してしまった。景気が良い時にCVCを作る。しかし2~3年もすると景気が悪くなり、カネばかり使って本社にとって分かりやすいリターンを生み出さないCVCは、真っ先に整理されてしまう。CVCが投資成果を生み出すまでには特にアーリーステージのベンチャー相手だと10年ぐらいはかかるのだが、その10年が待てない。成果を生む前にやめてしまう。

しかし、リスク覚悟で投資したのに途中で船から下りるというのは、シリコンバレーでは「最悪の行動」だ。「日系のCVCから投資を受けると後で大変なことになるぞ」という悪評も立つ。

つまり、CVCはリスクが高いうえに、10年続けないと結果が見えてこないというチャレンジを抱えている。シーズは社外のものなので理解も愛着も薄い。10年の間に意思決定をした経営陣は交代してしまうかもしれない。

一方、BDのシーズは既に社内にある。それをシリコンバレーに持ち込めば、オープンイノベーション型開発によって2~3年で目に見える成果にできる。それまで実現できなかったアイデアが、シリコンバレー側に預けたら小さな芽が出てくる。あるいは、「やるべきでない」という結論が出る。これは非常に分かりやすい。

だから、10年タームのCVCと、2~3年タームのBDをあえて抱き合わせにすることによって、年毎に増減はあるもののCorporate Venturingという活動自体は継続できる仕組みを埋め込んだ。

知見録: 初めて行ったシリコンバレーで人脈作りから始めた西城さんが、半年で日本企業の失敗の本質を見抜き、仮説プランを書き切った。なぜ、そんなことができたのかが分からない(笑)。

西城: やはり、いろんな人に会って、自分がやりたいことを何回も説明すること。自分で話すと「何か違うな」と気付くことがある。相手からもフィードバックが来る。だから、僕の仮説は日々変わっていった。それを繰り返しているうちに、ある時雷が落ちたように「これだ!」というふうに気づく。

それと、僕は「人をたらす」だけではなく「人にたらされる」のも上手いみたいで、シリコンバレーの重鎮の方々に可愛がってもらった。「お前、おもろいな」みたいな感じで。あるエンジェル投資家の方が今僕のメンターをやってくれている。その方にいただく示唆や刺激は本当にありがたい。

日本企業がシリコンバレーでなかなか上手くやれないのを見て、「もったいない、可能性はあるのに…」と思っていた人は少なくなかったのだろう。「本気でやりきれそうな男が来たぞ、こいつに賭けてみようか」と思ってくれたとしたら嬉しい。

「特化超越」で猛ダッシュしたMOTOBOTプロジェクト

知見録: ところで、ロボットがスーパーバイクを運転するプロジェクトが話題になったが、あれは…。
 

西城: 「MOTOBOTプロジェクト」。それはBDの方の活動だ。社内にアイデアやシーズはあるのだけれども自前だけではできない。そういったものをシリコンバレーに持ち込んで、オープンイノベーションでやろうと。元々は米スタンフォード大学によって1946年創設され、今では世界最大規模の非営利科学研究所となっているSRIインターナショナルと組んでいる。

これは非常に内部的なモチベーションから来ている。ヤマハ発動機のホームページを見てもらうと、水上バイクとかモーターサイクルで非日常的な体験をと、「楽しい」イメージが中心になっている。それはそれで当社のブランドイメージを作っていて、世界中に広く知られている。一方で、僕が携わっていた産業ロボットのように世界の最先端水準の技術を持っているのに、あまり知られていない事業もある。ロボット分野は非常に競争が激しく、良い人材の獲得は至上命題になっている。だから、ロボットとモーターサイクルを融合させた「アイコニックなシンボルを作りたい」というニーズが産業ロボット事業部から出てきた。「じゃあ、バイクの自動運転かな」と冗談で話していたら「それ、面白い!」ということになっていった(笑)。

ただし、当社だけでは実現できない。そこで、シリコンバレーにいる僕がSRIインターナショナルとの協業をまとめた。彼らとの2日間のワークショップを通して「特化超越」というコンセプトも決まった。

知見録: 「特化超越」?

西城: 産業ロボットがそうなのだが、目的を特化することによって人間の能力を圧倒的に超越していくことがロボット開発の1つの方向性であり、我々はそれを目指す。

アイデアとしては2つあって、1つはオートバイ側に自律走行機能を搭載する、つまりバイクをロボット化する。もう1つはオートバイ側には改造を加えずに人型ロボットを作る。僕は後者に1票を入れた。

このプロジェクトをただ単に「面白い」プロジェクトで終わらせるつもりはない。事業開発に繋げたいと思っている。クルマ側に自動運転機能を搭載する試みは盛んに行われているが、僕は“後付け”できる自動運転の可能性も探るべきだと考えている。だって、今持っているクルマが明日からロボットが自動運転してくれるっていう発想があってもいい。もちろん、圧倒的に難しい。だが、だからこそやる意味があるんじゃないか。うちの常務は「それぐらいのムーンショットが無いと面白くないな」って言って認めてくれた。

そうして「特化超越」「無改造の車両を自動運転する人型ロボット」という強いコンセプトが確立した。なので、このロボットは足があるがバイクを操作するためものなので、歩けないし、座れないし、聞けないし、喋れないし、サーキットしか走れない。実は画像認識用のカメラも搭載していないので見ることもできない。

知見録: えっ、じゃあセンシングはどうしている?

西城: GPS(全地球測位システム)とIMU(慣性計測装置)。「サーキットを速く走る」ことに特化しているので、コースと位置さえ分かれば“目”は無くても大丈夫とだろうと割り切った。2015年に始め、3年で「サーキット走行で世界トップクラスのライダーに勝つべく、200km/h超えでの自律走行が可能」なところまで持っていくことを目標にした。だから、今年がラストになる。

知見録: 社内的に「シリコンバレーに来ると何か凄いこと、面白いことが起こる」というアピールもある?

西城: それはある。やはりショーケースが大切。今まで「できない、無理」と言っていた人たちの意識が、「あれ?やれるのかな?やってみよう!」と変わる。「ベンチャーに投資している」では目に見えないのでインパクトが弱い。

実はこのプロジェクトは最初の1年は社内でも極秘だった。東京モーターショーでお披露目したが、1週間前まで知っているのは経営陣と研究開発部門のごく一部だけで、ほとんど誰も知らなかった。「えっ、こんなことやってた?誰が?どこで?えっ、シリコンバレー?」みたいな。

知見録: どうして秘密にしたのか?

西城: 1つはネガティブな理由。うまくいかないかもしれなかったから。開発を始めたのが2015年2月。その年の10月には東京モーターショーでお披露目することを目指していた。人型ロボットがオートバイを運転できるのか、誰にも確信がなかった。

実は当初、SRIと組まずに社内でやることも選択肢にあった。R&D部門と話したら「スクーターから始めよう」と。理由を聞いたら「低速だし、車両も安い」と。これはダメだと思った。インパクトが無さすぎるし、アップサイドではなくリスクばかりを見ている。その瞬間にSRIと組むことを考えた。

それに、オープンイノベーションの事例を1つ作りたかった。理論や物語ではなく、本当の実績として。SRIに交渉に行ったら「ヒロ、これは面白い。絶対やろう」とすぐに提携が決まり、1台目の試作モデルで直線100kmをしっかり出すことができた。東京モーターショーでお披露目したのはそれだ。

社長がプレス・デーにお披露目した時の反応が今でも忘れられない。他の製品の時に覆っている布をめくると「お~」という反応。パシャパシャとシャッターの音。MOTOBOTの時はちょっと違った。めくると、一瞬静寂。プレスはポカンとしている。その後「うぉ~!」「これは何だ?!」と。当社YouTube再生回数はたちどころに記録を更新したし、その後の取材攻勢もすごかった。

社内で抱いている価値観とは違う価値観が世の中にはあるということが実証された。これは社内に強烈なインパクトを与えたと思う。本社R&Dのエンジニアも「ぜひ参画したい」と言ってくれた。今は、シリコンバレーと本社のジョイント・プロジェクトになっている。

知見録: BDの方はかなりうまく回り始めている?

西城: MOTOBOTはかなり象徴的な事例だが、もっと実業に近いものも含めて4件が進行中だ。ベンチャー投資も4件実行し、いろいろ経験しながら、多くを学んでいる。現地で雇った3人の米国人がとても優秀かつパワフルなので、とても良い案件を持ってきてくれている。日本企業のCVCでは普通取れないものばかりだ。

CVCについて言えば、我々にとっては出資先と一緒になって新しい価値を生み出すことの方が大切なのであって、一般的なVCのようにキャピタルゲインを狙っているわけではない。なので、CVCと自己紹介すると一番分かりやすいのだが、よくあるCVCだと思われたくもない。だから社名に少しこだわった。「ヤマハ・モーター・ベンチャーズ」で止めるとほぼほぼCVCだと認識される。しかし、その後ろにあえて「ラボラトリー」を付けることで、「僕たちは新しい価値を創り出したいんだ」という意味を込めた。

KPIは「実行可能なオポチュニティーの提示数」

知見録: 「3つ目のヤマハ」の端緒は見えてきているか?

西城: 詳細は言えないが、見えているし明日にでも始めたい。もちろんリスクもあるので経営の意思決定の問題だ。

こんなことを話しているが、僕は1度も経営陣に対して「やるべきです!」と言ったことがない。僕は会社としての責任は取れない。だからこそ好き勝手なことが言える。経営陣が言えないことをあえて言うのが僕の役目だと思っている。

「ヤマハ・モーター・ベンチャーズのKPIは何ですか?」と聞かれることがある。僕は「ヤマハ発動機として実行可能なオポチュニティーの提示数」だと答えている。今までなら「モーターサイクル市場のどこそこに100億円投資する」とか「マリーン市場のこの企業を買収する」、あるいは、それら以外の「その他」を入れて3択しかなかった。

常務にお願いしているのは、僕は97個の新たなオポチュニティーを何としてでも持ってくるから、100個見てからどこに投資するか決めていただきたいということ。その上でモーターサイクルが選ばれるのであれば、それが経営判断というもの。ただし97個を見て“ちゃんと”捨ててくださいとお願いしている。

知見録: 西城さんは今、どのくらいハッピーなのか?

西城: 僕の目標は「世界をよりカラフルにしたい」ということ。正解があるものが得意ではないというか嫌い。正解が見えた時点でつまらないと思ってしまう。BtoBビジネスでいろいろなお客様とお付き合いした経験から、世の中というのは本当に多様でカラフルで1つの正解など無いと実感した。「こんな色もある、この色も面白い」とどんどん用意して提案していきたい。今やっていることはそれに近い。というか、どこで何をしていても楽しい。楽しめるように生きるというのが信条なので。

知見録: どこにいてもハッピーな西城さんと、ヤマハ発動機であることは関連しているか?

西城: している。「西城さん、ヤマハへの愛が凄いですね」とよく言われる。だが、申し訳ないのだが、僕は会社への愛は無い。会社と自分は契約関係なのであって、会社が実現したいことのために僕が役立つから給料をくれて使ってくれている。僕は会社が提供してくれる自分では獲得し得ない大きなオポチュニティーとか成長機会をもらえてハッピーだから働いている。

ヤマハという会社の文化は好きだから「ライク」だ。しかし、「ラブ」ではないので自己犠牲というのはあり得ない。僕はあくまで自分のために働いているので。ヤマハへの忠誠心は大して無いなどと言うと怒られてしまうが(笑)。僕は「世界をカラフルにする」ということだけに興味があって、その機会を与えてくれるヤマハには感謝しているし、だから今もヤマハにいる。

知見録: それは、会社に対する最上の褒め言葉だ。そういうのを愛と言うのではないか。

西城: そうかもしれない。ただ、会社を偶像化したくない。「会社のせいで…」という言い方をする人がいるが「絶対自分のせいだ」と僕は思うし、「会社が悪い」と文句を言う前に良くするために何ができるかを考えたほうがいい。だから、「会社を変える」という表現に引っかかりがある。「自分が変わる」だと思う。

知見録: 最後に、これから3年ぐらいの見通しを聞きたい。

西城: 今やっていることを完遂したい。僕は0→1は得意なのだが、新しいヤマハを作るプロジェクトをやりきりたい。10→100までは難しいかもしれないが、1→10ぐらいまではやりたい。「ダイナソーダンシング」についてはけっこう真剣に考えている。多くの日本企業が優秀な人材をシリコンバレーに送り込んでいるのに、ことごとく失敗している。この状況をどうすれば改善できるのか、解はまだ見つかっていない。もし、日本のコーポレートが本当の意味でイノベーティブになれる方法を一例でも作り出せたら、後に続けとフォロワーが殺到し、凄いことが起こると思う。そのトリガーを引けたら、僕はもう思い残すことはない。

知見録: ご活躍に大いに期待している。ありがとうございました。

 

※このインタビューは、グロービス・コーポレート・エデュケーションのディレクター、板倉義彦が、入社10年で権利付与された「サバティカル休暇」で米シリコンバレーを訪れた際、西城洋志氏と出会って意気投合。西城氏の東京出張時にグロービス東京校にお招きし、GLOBIS知見録が実施したものである。(実施日: 2017年2月25日)
 

 

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