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経営判断のミスを隠さない男  藤澤武夫(1910~1988年)

投稿日:2007/01/10更新日:2019/04/09

世界のエクセレントカンパニー、本田技研工業(以下ホンダ)の歴史を語るとき、創業者の本田宗一郎(以下宗一郎)と並び欠かせないのが、「実質的な経営者」と呼ばれることもある藤澤武夫だ。宗一郎が技術領域のヘッドとしてエンジニアを引っ張り、またCEOとしてホンダの象徴的役割を果たしたのに対し、藤澤はCOO(最高執行責任者)あるいはCFO(最高財務責任者)として営業から財務、組織運営など実務全般を取り仕切った。

藤澤の著書や発言の中で興味を引かれるのは、説明責任(アカウンタビルティ)や情報公開(ディスクロージャー)に対する意識の高さだ。これらは今でこそ重視されるようになったが、藤澤ははるか以前から、ステークホルダー(企業内外の利害関係者)に経営状況を正しく説明することが信頼感を生み、長い目で見れば最も大きなリターンをもたらすとの信念を持っていた。これは、藤澤がホンダに参画する前に丁稚奉公していた三ツ輪商会時代に学んだ考え方だ。

死守すべきは「信頼」

当時、ある取引先への納品が遅れに遅れていた。納期の目処が立たないにも関わらず、三ツ輪商会の店主は「もうすぐ納品できます」と言い訳しながら納期を引き伸ばしていた。このままでは取引先を困らせるうえに、三ツ輪商会の信用も失墜してしまう―そう考えた藤澤は、店主に直訴し、取引先に事実をありのままに話すという、割の悪い仕事を自ら買って出た。

藤澤は取引先に向かう道すがら、こう腹をくくった。「いまさらあれこれ弁明しても始まらない。弁明が先にたつと、またウソの上塗りをしかねない。それでは、自分がこうして、わざわざ出向いていく意味がない。この際、正直に実情を話して、素直に謝罪するのが、最善の策である」。

はたして、その取引先からは激しい罵倒を浴びせられた。しかし、真摯に実情を説明し理解を求める藤澤の姿に、先方も次第に態度を軟化させ、最後には穏やかに談笑するまでになったという。このときの成功の感動が藤澤の原体験となった。

1954年、藤澤のこの信念がホンダを経営危機から救った。この年、新商品のスクーター<ジュノオ>の売上不振、看板商品<カブF>の売上減速、主力エンジン<4E型ドリームエンジン>の技術的トラブルと予期せぬ出来事が重なった。在庫は膨れ上がり、クレームを急増し、業績はいっきに悪化した。しかも、将来の飛躍の布石として海外に発注した高価な工作機械はキャンセルがきかず、手形の締め切りが迫っていた。

技術的トラブルについては、宗一郎がただちに陣頭指揮をとって原因究明にあたり、解決策が見つかったが、それだけではこの窮地を脱することはできない。倒産を避けるためには、減産が不可欠であった。しかし、減産に踏み切るには、部品の納入業者を納得させたり、組合に賃上げやボーナスの要求をのめない旨を伝える必要があり、激しい抵抗が予想された。さらに、銀行に支援を要請するという難題もあった。

この厳しい状況下で、藤澤はいっさいの隠し立てをせずにホンダの現状を説明し、「ホンダを将来に生かすために、いまは痛みを分かち合ってほしい」と、関係者に切々と説いてまわった。だが、下請業者にとっては死活問題だ。容易に説得に応じてくれるとは思えなかった。藤澤は藁にもすがる思いだったが、下請業者の代表格であった川口巳之吉が「事情はよくわかった。私たちは、ホンダとともに苦しみを分かち合ってゆく覚悟だから、この際、全面的に協力しよう」と、ほかの下請業者のとりまとめ役として動いてくれた。

組合との会合では、藤澤が現状を説明したうえで、「いまは組合の要求に応じられないが、来年春までには企業状態も好転するので、その後に応えてゆきたい。みんなもわかって欲しい」と協力と要請したところ、会場の組合員から「頼むぞ!頼むぞ!」との声援が沸き起こった。

努力と誠実が重なり信頼となる

もちろん、取引先や従業員がこうした説明に応じた背景には、藤澤や宗一郎に対する、これまでの実績に基づく信頼感があったことはたしかだ。しかし、その上に胡座をかいて、説明責任を果たしていなかったら、今日のホンダはなかっただろう。ここから得られる教訓は、たんに「正直者は報われる」ということではなく、「努力して結果をのこすことがまず必要だ。そのうえで、正直であれば報われる」ということだ。

藤澤を語るとき、<カブF>の市場導入やアメリカ市場への浸透など先進的なマーケティングのアイディアや、宗一郎と一緒につくり上げていった高邁なビジョンなどに目が行き勝ちだが、一見すると地味な、こうした経営哲学にも着目すべきである。

参考文献)

山本治『ホンダの原点』成美文庫、1996年

井出耕也『ホンダ伝』ワック文庫、2002年

藤澤武夫『経営に終わりはない』文春文庫、1998年

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