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コミュニケーション戦略には徹底的な情報収集と本気の大義名分

投稿日:2015/03/31更新日:2019/04/09

G1経営者会議 「企業のコミュニケーション戦略」

瀬尾傑氏(以下、敬称略):昨今の企業コミュニケーション戦略は複雑化し、難しくなっている。社内外でステークホルダーが多様化し、グローバル化に伴って海外マーケットともコミュニケーションを図っていかなければいけなくなってきた。また、デジタル化の波とともにSNSの炎上といったことも起きるようになった。情報は瞬時に国内外へ広がり、場合によっては日本で通用したことが海外では通用しないこともある。大変難しい局面を迎えていると思う。今日はそうした環境におけるコミュニケーション戦略について3人の専門家と議論を深めたい。御三方は特にアメリカという異文化のなかでコミュニケーション戦略に深く関わってきた。それぞれ異なる時期にアメリカへ渡っていらしたので、そうしたご経験からお話しできる事例も多いと思う。まずは企業のコミュニケーション戦略をどう捉えているかといったお話を順番に伺いたい。(01:29)

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嶋聡氏

嶋聡氏(以下、敬称略):私がソフトバンクに入ったのは2005年11月。あの孫正義に拝命されて、今年の3月31日までソフトバンクの社長室長を8年間3000日務めたのち、今は顧問をしている。社長室にいた頃は、こうした場で皆さまとお話をすることができなかった。「24時間働けますか?」という状況でして(笑)。孫がアメリカにいるときは、だいたい朝起きると携帯電話に不在着信があって、「孫(まご)」と表示されている(会場笑)。いやですよ? これ(笑)。そういう生活だった。(03:27)

さて、ソフトバンクは昨年7月10日、アメリカの携帯電話業界第3位でシェア16%のスプリントを買収させていただいた。で、現在はお客さまの数が日本で3900万人、アメリカで6000万人になった。ただ、日本の通信業界はマルドメだ。NTTさんもKDDIさんも基本的には国内市場だけでやってきた。海外に国内のおよそ2倍のお客さまがいるというのは珍しい。しかも通信事業はナショナルセキュリティ上極めて重要な関心を持たれる産業だ。そこでスプリント買収には二つの承認と、そのためのコミュニケーションが必要だった。ひとつは株主さまのご承認。これは率直に言うと「資金をどうするか」で、こちらは孫が担当した。で、私が担当したのは政府承認のほうだ。その辺についてのちほどいろいろお話をさせていただきたい。(04:17)

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田中慎一氏

田中慎一氏(以下、敬称略):キッコーマンさんは1957年にアメリカ進出をされていて、生産を開始したのが1972年という。で、私のほうはホンダの一員としてアメリカで7年間、いかに世論を味方に付けるかという仕事をしていた。ホンダがアメリカで生産を始めたのはキッコーマンさんが生産を開始したちょうど10年後だ。そして今年はソフトバンクさんが、スプリントとTモバイルUSの件でアメリカを舞台にいろいろと動いておられる。だから3つのステージがあるのだけれど、今後のコミュニケーション戦略を考えるうえで、アメリカは日本企業がひとつの基本形を学べる場所だと思う。(05:48)

自己紹介も含めて若干お話をすると、企業は3つの「法廷」で裁かれる。一つ目は市場という法廷で、二つ目は実際の裁判所。コンプライアンス違反や不祥事を起こすとそこに引っかかる。ただ、今一番厄介なのは三つ目の世間という法廷だ。世間がいろいろな空気をつくってしまうから、そことうまく折り合いを付けないと嫌な空気がますます広まってしまう。その空気を、いわゆるステークホルダーと呼ばれるお客さまや社員、あるいは当局が吸う。今はそれが企業の事業計画に影響を与えるという、非常に大きな問題になってきた。(07:02)

私がアメリカにいた80年代は日米通商摩擦で自動車が最も大きな問題になっていた時期だ。それで、たとえばデトロイトのバーで日本人に間違われた中国系アメリカ人が、失業したアメリカ人の自動車工場労働者にバットで殴り殺されるという事件もあった。私もデトロイト在住は長かったけれど、シビックやカローラが道の真ん中に曳きずり出され、ガソリンをかけられ燃やされていた時期だ。ものすごく反日的なやばい空気がつくられていた。その空気を、当局をはじめとしたアメリカのあらゆるステークホルダーが吸って、それがホンダの事業戦略に影響し始めた。ましてや空気というのは仕掛ける人間がいる。私どもの場合、それはビッグ3と言われるメーカーと、そして組合だった。企業が望む望まざるに関わらず、それで空気がつくられてしまう。(07:57)

とにかく、いろいろなマーケットにいろいろな空気が存在する。それをどのように読み取るのか。あるいは、事業を進めていくうえで相応しい空気をどのようにつくり、事業活動の立ち位置をつくっていくのか。それがコミュニケーション戦略の肝になる。だから私が今日皆さんと議論したいことのひとつに、企業が世間という法廷とどのように折り合いをつけなければいけないのかということがある。それがグローバライゼーションのなかでますます強く求められていくからだ。そこではコミュニケーションをひとつの経営戦力として見る発想が大変重要になると思う。今日はその点でさまざまな経験をなさった方がいらっしゃるので、ぜひそのあたりをお話しできればと思う。また、そこで日本的な、日本流のやり方があるのかといったお話もできればと思う。(09:07)

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茂木修氏

茂木修氏(以下、敬称略):事前に「今回はどんなお話をしたらいいですか?」と伺ったところ、「キッコーマンのファンづくりについてお話をしてください」と言われた。ファンづくりは私どもにとって、まさにコミュニケーション戦略だ。醤油のような身近な調味料ないし食品の世界では、コミュニケーション戦略によるファンづくりがマーケティングにおける一番の基本と言える。売上や利益に直接結びつくと言っても過言ではないと思う。私どもの会社では、2014年3月期時点で売上の51%が海外売上になっている。営業利益では74%を海外で稼いでいる状態だ。醤油というすごくジャパンドメスティックな商品を扱う企業としては大変珍しいケースだと思う。で、世間の空気というお話があったけれども、私どもがアメリカに進出した際にどんな空気だったかというと、実は反日ではなかった。ただ、終戦後それほど時間が経っていない時期だ。たとえば工場をつくるときに現地従業員の方々が、「本当に日本人と働くのか? WWIIを忘れたのか?」といったことを近所の人に言われたとか、そういう話を聞いたことはある。(10:23)

ただ、1957年に販売会社をつくって本格参入をした当時、実はアメリカで消費されていた醤油は中華系のもので、日本の醤油とだいぶガラが違っていた。あるいは、そもそも日本の商品自体がジャパニーズジャンクと言われているような頃だ。アジアから来た粗悪な黒い調味料だ、と。バグジュース、要するに虫の絞り汁じゃないのかと言うような方もいた。たしかに色だけを見るとそういう風に思えなくもないなと考えてしまうと、口にするのも嫌になってしまう。そんな風に大変偏った見方をされていたところから、少しずつファンをつくってきた。そして醤油という商品をアメリカの食生活のなかで、普段使っていただく調味料として広めてきたというのが私どもの国際戦略の始まりになる。従って、アメリカは私どもにとって大変チャレンジングな市場だったと思うけれど、その後に続く国際展開について考えてみるといろいろな意味で勉強をさせていただいた市場でもある。今日はその辺の情報を共有させていただければと思う。(11:58)

瀬尾:キッコーマンさんは現地へ進出するにあたって地域でのコミュニケーションを非常にうまくやられたと伺っている。どのように進めていったのだろう。(13:51)

茂木:食品企業で、しかも原材料が大豆・小麦というのが幸いだった。最初はウィスコンシン州に工場を建てたのだけれど、生産にあたって同地域で収穫する穀物を比較的使うことができたし、ポリューションもほとんど出ない。だから地元でも受け入れていただきやすかった。それと、私どもは経営フィロソフィーのなかで、地域社会もしくは地球社会で存在意義のある企業になりたいということを掲げている。その一番ベーシックな部分は地域で雇用を創り出すことだ。また、地域でしっかりと事業を営んで利益を生み出し、それを税金としてお支払いすることで社会に還元していくことだと考えている。それ以外にもいろいろな形で社会への還元は行うけれど、まずはその辺の取り組み方というか、企業姿勢を評価していただいたと思っている。(14:05)

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瀬尾傑氏

瀬尾:一方、通信は安全保障にも極めて密接につながっていて、政治的にもナーバスな問題があったりする。ソフトバンクさんがスプリントを買収するにあたって、ワシントンへの対応を含めて一番苦労されたのはどんな部分だったのだろう。(15:23)

嶋:私どもがスプリント買収を発表したのが2012年10月11日。NHKでそのニュースが流れた。なぜ日付まで正確に覚えているかというと私の結婚記念日だったから(会場笑)。ただ、当時、日本ではそれほどでもなかったけれど、ワシントンはサイバーセキュリティの話で燃え盛っていた。だから、孫が入る前にワシントン入りしていた私は、孫に「こちらではサイバーセキュリティが大変炎上しています。アメリカという国はナショナルセキュリティに関して問題があればすべて引っ込めますから」というメールを出した。それで孫はそのあと2012年11月、ロイターのインタビューに答えて、「我々はアメリカの安全保障に十分配慮をします」というメッセージを出した。進出にあたってメインとなる課題を一歩読み違えると大変なことになる。(15:58)

通信事業会社としては2000年頃、NTTさんもアメリカ進出を一度試みている。ベリオというISPの会社を…、当時も50億ドルというから結構な額だけれど、それで買収しようとした。ただ、政府承認を取る段階で大変揉めた。アメリカ政府が、簡単に言えば個人の犯罪捜査にも使っていたようなISPだったからだ。また、当時は国がNTTさんの株を52%も持っていた。だから大変難しかったわけだ。我々はスプリント買収にあたってNTTさんが政府承認を得た経緯を懸命に研究していた。すると、当時はまだ総務省でなく郵政省だったのだけれど、最終的には郵政大臣親書がホワイトハウス宛てに送られていたという話を聞いた。当時はクリントン政権だ。それでうちのスタッフが現在の総務省に「そういうことがあったんですか?」と表から聞いたら、「ありません」との答えだったけれど、恐らくあったんでしょう。とにかくそういうことで、「なるほどな」と。買収プロセスを逆算し、「最後はホワイトハウスを使うんだな」と考えた。(17:17)

ただ、その前段階でもいろいろある。たとえばトヨタさんは2009年8月にレクサスのリコール問題で大炎上して、社長が公聴会に出られている。ただ、公聴会の前となる2010年2月時点で当時の前原国土交通大臣がルース大使に、「これは民-民の話ではあるけれど、両国間のこともきちんと考えて対応して欲しい」と言ってくださっていた。それでうまく動いたと言われている。「ということは、最後は親書でその前は大臣から大使への話だな」と。そんな風に逆算して打つべき手をすべて考え、いろいろな段取りを進めてきた。六韜三略ではないけれど、最悪の事態に備えてすべての布石として打ちながら動き出したという流れになる。(18:50)

瀬尾:大臣を使えるというのは嶋さんが元民主党だからだろうか。(19:53)

嶋:あ、知らない人がいらっしゃるかもしれない。私は38から47までの3期9年間、衆議院議員を務めている。で、そのあと47から55までソフトバンクの社長室長を務めた。56になった今、「次は何しよう」と思っているけれど(笑)。で、それはあるけれども、とにかくコミュニケーション戦略と言う前にやることがある。アメリカでは自由で公正という理想を右手に高々と掲げなければいけないが、左手ではすべての布石を徹底的に打っていく。「こうなったらこう動く」といった体制を整えてからでないと、コミュニケーション戦略も泥沼にはまってしまう。(19:57)

だから事前にすべて調べなければいけない。我々も調べた。たとえば、「犬のお父さんが出てくるCMってアメリカでウケるのか」。答えは、ウケないそうだ。立派な存在であるお父さんが犬になるという表現は反発を食らうらしい。これは文化の違い。「じゃあ日本はどうなんだ」という話だけれど(会場笑)。とにかく、コミュニケーション戦略の第一歩はそうした徹底的な情報収集になる。そのうえでどのようなコミュニケーションを取っていくか考える。「これで完璧だ。勝てる」というところまで持っていけるよう、先に手を打たないと泥沼にはまると思う。(20:48)

瀬尾:田中さんがホンダにいらした頃は日本の自動車産業が目の敵にされていた。フェアネスを標榜していても、やっぱり伸びてくる産業が叩かれるときはある。そこはすごく苦労されたと思うが、当時はどのように乗り切ったのだろう。(21:36)

田中:右手に大義名分を掲げつつ左でぼんぼん手を入れていくというのは本当に重要だと思う。たしかに大義名分は重要。ホンダの事業戦略でも、「これはアメリカにとって絶対に良いことなんだ」ということを掲げていた。経済インパクトの面でも技術移転の面でも、あるいはアメリカの部品メーカーが競争力を高めるためにも非常に良いことなんだという大義名分が絶対に必要だった。ただ、それだけでは勝てない。だから左手では相手にどんどん打ち込んでいく。(21:59)

で、その打ち込み方はというと、大きく言うと、政治用語になるけれども「地上戦」と「空中戦」の二つ。地上戦とは、いわゆるロビイングだ。アメリカにはロビイスト登録制度というシステムがあり、正式にロビイスト登録して攻めていく。そこで話したことはすべて公の情報になる。また、事前に嶋さんともそのお話にしたのだけれど、アメリカは立法府が強い。法律のほとんどは議員立法だ。では、誰が議員に影響を与えることができるかというと、基本的には有権者になる。(22:38)

アメリカでは有権者が各地域の議員に「こうして欲しい」「ああして欲しい」といった手紙を書く。その手紙はすべて公の情報になる。だから議員がそれに対応しているどうかもすべて明らかになる。そうした透明性の高いロビイング制度が地上戦のコアにする。ただ、すべてを透明にしなければいけないから、当然、込み入った話はなかなかできない。そこで、登録されたロビイストじゃない人間もある程度攻めていく。(23:13)

でも、地上戦だけじゃ勝てないから空中戦も必要になる。これは世論をめぐるコミュニケーションだ。世論のお墨付きを得ることができるか否か。それが立法府またはホワイトハウスおよび政府が動くかどうかをほぼ決める。では、その世論をどうつくっていくかとなると、まずマスコミに対する戦略があるし、当然今はSNSもある。それから有識者と学者。自動車ならMITとミシガン大学が双璧だ。あとはニューヨークのファイナンシャルアナリストにもどんどん打ち込んで世論をつくっていく。そうした地上戦と空中戦の二つをうまくやっていくことが重要なポイントになる。(23:50)

で、私のほうはというと1983年にワシントンへ行けと言われて、ワシントンD.C.で2年、そのあとデトロイト事務所で所長を5年務めている。赴任にあたって、当時会長だった杉浦さんという方に言われたことが象徴的だった。「アメリカは間違いなく太平洋の真ん中で線を引いてくる。それでトヨタと日産は日本側に落ちるかもしれないが、ホンダだけは絶対にアメリカ側へ落ちろ」といった表現をなさっていた。少なくともホンダにとってはアメリカが生命線ということだ。4輪メーカーとして日本では弱かったホンダにはアメリカしかなかった。だから何がなんでもアメリカの世論をホンダの味方に付けろというのが私の命題だった。そのために何が大義名分となり、一方では左手でどう攻めるのか。また、それを地上戦で行うのか、空中戦で攻めるのか。そういうことが重要だった。そんな風に、トータルに考えて戦略的に行く必要があるのだと思う。(24:37)

瀬尾:ソフトバンクによるスプリント買収は短期決戦だったし、世論よりもむしろワシントンへの対応が重要だったということだろうか。(25:53)

嶋:いや、世論も当然ながら重視していた。大義名分というものは本気で言わなきゃいけない。私はよく孫にも‘enlightened self interest’と言っている。「啓蒙された自己利益」。企業だけのものじゃないということを常にきちんと、すべてのインタビューその他で発信し続ける必要がある。たとえば去年11月27日、我々はキャロライン・ケネディ大使の誕生日で大使館へ行った。そこで大使に、「大使はスマートフォン使ってらっしゃいますが、日本とアメリカではどちらがつながりやすいですか?」と聞いた。(うなずく茂木氏を見て)茂木さんお分かりのように、実は日本のほうがつながりやすい。で、「それはシェア32%のベライゾン・ワイヤレスと同30%のAT&Tに対し、スプリントが16%しかないからです。競争がないんです」と。「日本ではドコモさんとKDDIさんと我々で4対3対3。大変激しい競争をしているから、これほどいいネットワークができたんです」と申し上げた。だから、とにかく私たちは消費者のためにやらせていただくのだということを懸命にお伝えした。(26:02)

世論の味方に付ける大義は具体的かつ客観的でなければいけない。アメリカのほうがつながりにくいことは皆が感じていたわけだ。だから、孫は「つながりにくいでしょ? 私はそのネットワークを世界一つながりやすくします」と言った。アメリカは政治的に世界一で、経済も世界一で、グーグル等を見ても分かる通り、企業力も世界一だ。けれどもネットワークだけは世界一じゃない。「それはもったいないでしょう。私がやります」と。「大丈夫かな…」と思って私は聞いていたけれども(会場笑)。とにかく、そういうことをやって世論に訴えていくことを最重要視した。(27:43)

瀬尾:日本でも「光の道」という提言があった。ソフトバンクさんはそういう課題設定がうまいと感じる。(28:43)

嶋:私はかつて松下政経塾というところにいたとき、安岡正篤さんという陽明学者の方に「思考の3原則」というものを教えていただいた。「物事には3つある」と。一つ目は短期的でなく長期的に考える。二つ目は一面的でなく多面的に考える。そして三つ目は枝葉末節でなく根本的に考える。その3原則ですべてを考えたうえでそこから目標を設定するというのが、私が考えていることだ。それを基に自分たち課題と全体の課題を孫に提案すると、孫がそれを見事なプレゼンテーションにする。おかげさまで、そうした課題設定がうまいとのご評価をいただいている。もちろん最後に決めるのは孫であって、私はアイディアを出すだけだけれども。(28:52)

瀬尾:すごく意地悪な言い方をすると、どう見てもソフトバンクが得をする政策に見るけれど(会場笑)、課題設定がうまいのでネットでも支持者が多いという…。(30:01)

嶋:我々が云々という話ではないけれど、国際政治には「いかにして自分たちが正義を獲得するか」というゲームの要素もある。だから、我々もそれを‘enlightened self interest’という形でやらせていただいている。(30:14)

瀬尾:田中さんはそうした課題設定に関してどうご覧になっているだろう。(30:41)

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田中:世間という法廷と折り合いをつけて、対峙して、そして戦っていくためには課題設定力が命だ。ソフトバンクさんはそれを非常にうまく設定して、可能な限り多くの味方を、大きく言うと世論を味方にしていたと思う。1980年代当時のホンダがアメリカでどんな課題を設定していたか。先ほど、「長期的、多面的、本質的に思考する」とのお話があった。当時のアメリカをその視点で見てみるとマスプロダクションからリーンプロダクションに移る端境期という時代認識があった。(30:54)

で、いわゆるビッグ3はマスプロ。しかし、日本側は偶然にも多品種少量生産をせざるを得ないマーケットでオペレーションを行っていて、そこから生まれたリーン生産方式がある。自動車産業の流れを見ると、はじめに手づくりが行われて、そのあとフォードによるマスプロが行われて、そのあとは、偶然ではあるけれども日本がリーン生産方式を行っていった。だから当時目の前で起こっていた軋轢は、あくまでマスプロダクションからリーンプロダクションに移っていく過渡期のものだった。ミシガン大学やMITにはそれに賛同してもらった。そして、アメリカの自動車産業が強くなっていくためにはリーン生産方式の導入が重要なんだという話になっていった。(31:43)

それで、たとえばホンダと取引していたアメリカの部品メーカーさんは次々とリーン生産方式を導入していった。すると、それまではビッグ3に見向きもされなかった彼らもビッグ3に納品できるようになってくる。我々はそうした現実とともに、「アメリカではこれからリーン生産が浸透していきます」と。日米双方のビッグ3を含めた課題と認識を、ひとつのポイントとして発信していった。一方、米ビッグ3側の課題設定は、「不平等な競争力だ」というもの。「日本側には終身雇用で社員を奴隷扱いして、低賃金で働かせる仕組みがある」と言っていた。また、いわゆる系列と言われる部品メーカーも奴隷化していると、1980年代はまことしやかに言われていた。それが彼らの課題設定力だ。我々は、「そうじゃない。アメリカの新しい自動車産業の地平があるんだ」という課題設定をしていた。そうなると、その課題設定力で勝負が決まる。(32:29)

これからは、そうした課題設定力が企業にとって大変重要になる。今後、日本企業のグローバライゼーションはさらに本格化していく。僕は「グローバライゼーション2.0」だと思っているけれど、それは70~80年代のような、限られた業界だけが外へ出て行くものじゃない。日本のすべての業界が民族大移動のごとく出て行く。そこで世間という法廷とどう折り合いを付けるのか。また、課題設定力をどこで付けていくのか。その意味では、アメリカは日本企業にとって道場になると思う。(33:40)

瀬尾:キッコーマンさんはどうだろう。これまでコミュニケーションの面で危機的な局面を迎えたことがあっただろうか。(34:21)

茂木:おかげさまでアメリカではほとんどそういうことがなかった。折々でちょっとした問題は起きている。たとえばピーナッツにアオカビが生えるという問題。そうなるとアフラトキシンという猛毒が発生する。それで「同じことが大豆では起こらないのか?」といったことが話題になったことはある。ただ、そのときも私どもの技術陣がそれはあり得ないことを技術的に証明して危機を乗り切った。さらに時代を遡ると、「食塩を取り過ぎると胃がんになりやすい」との報告がアメリカでなされていた時期もある。で、やはりそのときも私どもの研究開発本部が…、当時の統計だから今は分からないが、実は醤油を採ると胃がんが減るといった有意なデータを証明して、危機を乗り切っている。従って、世論がすべて私どの敵になってしまうような局面はなかった。(34:34)

ただ、少し次元の違う話になるけれど、私どもは地域との協力関係が、最終的には連邦政府に対する力にもなってくるのかなと思っている。それもあって、どのように地域へ還元していくのかをいつも考えながらビジネスをやってきた。たとえば、ウィスコンシンにある私どもの製造会社は5年ごとに周年行事を行っていて、そこで「日米経済フォーラム」「日米流通シンポジウム」という二つの会議を必ず主催させていただいている。そこでで、経済フォーラムでは経営・学術・政治の視点からご提言いただける日米のスピーカーを、流通シンポジウムでも同分野でトップの方を日米それぞれお呼びして、ディスカッションをしていただいている。これには両国の相互理解を深める目的もあるけれど、加えてウィスコンシン州に貢献したいという意図もある。中西部の、ある意味では昔ながらの州で海外の方々と触れる機会が少ない、特に官僚の方々などに、グローバル視点のディスカッションをお見せしたい、と。それで少しでも地域に何か知識を還元することはできないかと考えて、イベントを開催したりしている。(35:47)

→日本でのロビイングについてどう感じているか、後編はこちら

 

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