良縁に恵まれていながら、それに気づかない人もいれば、気づいていながら活かしきれない人もいます。しかし、世の“勝ち組”と呼ばれる人たちは、「袖すりあうも他生の縁」と言って、人と人の縁を大切にしています。ですから、私自身もアサヒビールで陣頭指揮を執っている間は、「成績が悪くても慌てるな」と、伝えてきました。成績は縁の集積と正比例するからです。本日は、堀(義人・グロービス経営大学院)学長のおかげで、君たちとの縁をいただき、喜ばしく思っています。
今日は、1980年代、業績低迷に喘いだアサヒビールが、いかにして蘇ったか。その手の内を、ご紹介します。当時、ハーバード大学が寡占状態にある市場のサンプルとして、日本のビール業界と主要4社の競合状況を取り上げました。トップを走るキリンビールが63%のシェアを握る状態を捉え、「2位以下は、どう頑張ってもキリンビールには迫れない」と論じていたのです。そんな状況から諸君なら、どのような戦略をとるか。疑似体験するようにして考えながら、お聞きいただければと思います。
今日は、1980年代、業績低迷に喘いだアサヒビールが、いかにして蘇ったか。その手の内を、ご紹介します。当時、ハーバード大学が寡占状態にある市場のサンプルとして、日本のビール業界と主要4社の競合状況を取り上げました。トップを走るキリンビールが63%のシェアを握る状態を捉え、「2位以下は、どう頑張ってもキリンビールには迫れない」と論じていたのです。そんな状況から諸君なら、どのような戦略をとるか。疑似体験するようにして考えながら、お聞きいただければと思います。
「右手に算盤、左手に論語」は、実業家の永遠の指針
その後、知己であったフランス文学者・山室静氏の助言に従い、旧制松本高等学校に進みました。「士官学校も良いが、完ぺきではない。シャバの学校でも学んでみなさい」と言ってくださったのです。それが私の“縁”だったと思います。松本を選んだのは、「山はウソをつかない」というロマンチシズムから。山岳部があり、山に憧れる人が集まるということに、心引かれました。
ところが、また試練が来ます。合格後、占領軍から「士官学校に1年以上在籍した者が、国立の学生の1割を超えてはいけない」との通達が出たために、入学ができなくなってしまったのです。「もう頼まれても行くものか」と思いましたが、1年後、当時の校長が自身の職をかけ、私を含む士官学校卒の8名を引き入れてくれました。
士官学校というのは、いわば人を井桁(いげた)に有無を言わさずはめ込むような教育の学校です。かたや旧制高校は全寮制で、壁も天井も落書きだらけ。悪戯で警察のやっかいになっても、町の人は「この学校を通過する者は、この国のリーダーになるのだから、バンカラで仕方ない」と許してくれた。諸君には想像もつかないでしょう。でたらめのような自由を与えることで、自主自律の訓練をしたのです。その意味では、今の教育の対極にあるとも言えるでしょう。
ある教授は、「先を急ぐのであれば、高等商業や高等工業に行きなさい。そこでは実学を教えてくれる。しかし、君たちは国家のリーダーになるのだから、人間としての幅や奥行きを広げなさい。それが旧制高校の役割だ」と言っていました。だから、歴史や文学、音楽などに触れさせるのだ、と。ですから私が徹底してやったことは、読書、そして語学。山歩きやクラシックにも心酔しました。つまりは人間力の醸成です。
現在の大学では、歴史の授業が選択性になっていると聞きます。これを君たちは、どのように捉えているのでしょうか。私は、酷い教育だと考えています。だから、“ホリエモン”のようにテクニックだけが優れた若者が登場してしまう。人が見ていないところでは盗みを働いてもいいというような、要領の良さを本分する姿勢が芽生えてしまうのです。彼らは、私たちより算盤を弾くのは上手いかもしれないが、(人としての厚みを持たないために)最終的には何らか、破綻していきます。
明治時代、世界の大半が「白色人種が有色人種を完全征服できる」と考えていたときに、日本は日露戦争(1905年)に勝ちました。これは凄まじいインパクトを持つものだった。日露戦争は、ただの戦ではありません。君たちも、今一度、歴史を学びなおしてみてください。
近代日本を作った実業家のうち、その背中に学ぶべきは渋沢栄一でしょう。渋沢は陽明学をはじめとする高い教養を身につけ、「経営者にとって黒字の達成は義務だから、右手には算盤(そろばん)を持ちなさい。しかし人間は極めて弱いものだから、左手には論語を携えなさい」と教えました。これは実業家にとって永遠に不変の指針であります。
開国後、遅れを取っていた日本が、早く西欧諸国と肩を並べるためにと明治政府が取った諸策の基本概念が「富国強兵」です。軍備の増強を狙って海軍・陸軍士官学校を作り、また、当時の官僚が諸国に学びに行った結果として旧制高校、そして帝国大学を敷設してリーダーを育成していきました。驚くべきは、これが、旧制高校の定員を足し合わせた数と帝国大学の定員とが一致するシステムであった点です。つまり、旧制高校に入学すれば、ほぼ自動的に帝国大学に入学できるという仕組みになっていたのです。
君たちには気の毒だが、現在の教育システムにおいては、高校で進学校に入学しても、大学受験のために、予備校にも通わなければならないような状況にあります。しかし旧システムでは旧制高校に入学した時点で、人生の方向性を知り、腹を括ることができた。受験のための勉強に翻弄されることなく、学問に専念できた。マッカーサー(ダグラス・マッカーサーGHQ最高司令官)は、小さな島国の民族が、これほどまでに優れた国を作れた理由の一端が、教育制度にある、と気づいたから後にこの仕組みを壊していったのではないか、とも思えてきます。私は旧制高校最後の卒業生であり、後輩は旧制高校に入学しながら、新制の大学生となりました。




