「ブランドが欲しい」がきっかけMBA取得は人生の転機に
樋口氏はユニークな経歴の持ち主である。松下電器産業の技術者からボストンコンサルティンググループのコンサルタントを経て、アップルコンピュータへ。その後コンパックコンピュータに入社し、合併で誕生した新生・日本ヒューレット・パッカードの代表取締役社長を務めた。そして2005年5月、その経営手腕が高く評価されてダイエー代表取締役社長兼COOに抜擢された。
今も多くの経営者が手本にする故・松下幸之助氏が創設した企業に入社したこと、同社の社内留学制度で米国Harvard Business Schoolの学位を取得したこと。こうした経歴をみると、樋口氏は名経営者になるべく計画的に着々と階段を上ってきたかに思える。
ところが樋口氏は「MBAの取得が人生の転機になった」としながらも、「経営に興味があったとか、経営者になりたいという理由で留学したのではない。動機はもっと不純だった」と、意外なことを口にする。では、ビジネススクールへの留学に駆り立てた本当の動機はなんだったのか。
この疑問に樋口氏は、「MBAというブランドが欲しい、学位を取りたい、それだけだった」と正直に打ち明ける。同氏はもともと理系出身で「(性能の)良いものを作れば売れる」と信じていた純粋な技術者。相手の発言を遮ってまで自己の考えを主張するような“ステレオタイプ”のリーダーシップも、どちらかというと苦手にしていた。幼少期は「友人が遊んでいるのを見るばかりで、自ら積極的に参加するタイプではなかった」そうだ。
それだけに留学した当初、樋口氏は多少の戸惑いを感じることもあった。
ハーバード時代の同窓生は楽天の三木谷浩史氏やローソンの新浪剛史氏などそうそうたる顔ぶれ。同窓生が持ち前のアグレッシブぶりを発揮する様子を目の当たりにして、「日本人は英語を話せないから落第する人が多いと聞いていたが、落ちるのは自分みたいなタイプだろうなと思った」と当時を振り返る。
今も多くの経営者が手本にする故・松下幸之助氏が創設した企業に入社したこと、同社の社内留学制度で米国Harvard Business Schoolの学位を取得したこと。こうした経歴をみると、樋口氏は名経営者になるべく計画的に着々と階段を上ってきたかに思える。
ところが樋口氏は「MBAの取得が人生の転機になった」としながらも、「経営に興味があったとか、経営者になりたいという理由で留学したのではない。動機はもっと不純だった」と、意外なことを口にする。では、ビジネススクールへの留学に駆り立てた本当の動機はなんだったのか。
この疑問に樋口氏は、「MBAというブランドが欲しい、学位を取りたい、それだけだった」と正直に打ち明ける。同氏はもともと理系出身で「(性能の)良いものを作れば売れる」と信じていた純粋な技術者。相手の発言を遮ってまで自己の考えを主張するような“ステレオタイプ”のリーダーシップも、どちらかというと苦手にしていた。幼少期は「友人が遊んでいるのを見るばかりで、自ら積極的に参加するタイプではなかった」そうだ。
それだけに留学した当初、樋口氏は多少の戸惑いを感じることもあった。
ハーバード時代の同窓生は楽天の三木谷浩史氏やローソンの新浪剛史氏などそうそうたる顔ぶれ。同窓生が持ち前のアグレッシブぶりを発揮する様子を目の当たりにして、「日本人は英語を話せないから落第する人が多いと聞いていたが、落ちるのは自分みたいなタイプだろうなと思った」と当時を振り返る。




