グローバルで活躍するために「英語の勉強」よりも大切にすべきこと 

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国内外の現場で日本企業のグローバル展開を牽引し、また外資系企業のグローバルでダイナミックなカルチャーでキャリアを積んできたグロービス経営大学院経営研究科教員の森暁郎が、「自分ならではのキャリアをグローバルに切り開く」をテーマに語ったセミナーの模様をお届けします。(前編/全2回)

「自分ならではのキャリアをグローバルに切り開く」森さん講演[1]

皆さんこんばんは。グロービス経営大学院で教員をしている森といいます。

今日は「自分ならではのキャリアをグローバルに切り開く」という題でお話させていただくことになっている。

このような任をさせていただく私だが、帰国子女でもなく、中学から附属校にいたので大学受験も経験していない。つまり、英語もあまり勉強していなくて、辞書を枕に授業中に睡眠を確保し、放課後の部活から元気になる、そんな中高生時代だった。そんな人間でも、チャレンジと挫折を繰り返しながらグローバルに人生のチャンスを切り開けるという話を、できるだけ実体験と共にわかりやすくお話できたらと思う。

私がグローバルに目覚め始めたきっかけは、高校3年の時に短期留学で初めてアメリカに行ったこと。その時にとても大きな衝撃を受けて、すごく楽しくて、それが僕の人生の転換点になった。

その衝撃は、一言で言うと「同質社会と異質社会」のギャップだった。日本は同質社会といえると思う。私のように附属校上がりだと特に、ずっと同じ仲間と同じような環境で育ってきてとても居心地が良かったのでなおさらそう感じる。逆にアメリカでは、会う人ごとにすることも言うことも見た目も格好も、全く違う。1回しかない人生だし、どんどん違う世界をのぞいてみたい、違う人たちと触れ合ってみたい、新しいチャレンジをしてみたいと強く思った。「違いを楽しみ未知の世界に飛び込む」「好奇心に対し素直に生きる」という、自分のアイデンティティ的なものができあがったきっかけが、アメリカだった。

私のキャリアについてだが、会社という単位で区切ると、四つの会社で今まで働いてきた。最初が三和銀行(後の三菱東京UFJ銀行)、2社目がGE、3社目がベネッセ、最後の4社目が、いま所属しているグロービス。それぞれで、色々な面でグローバルというものに触れてきたので、それぞれで感じてきたことをお話したいと思う。

新卒で三和銀行に入社し、赤坂支店で不良債権回収に従事する

最初の三和銀行では、港区の赤坂支店というところで仕事を始めた。この頃には、いわゆるバブルは完全に崩壊していて、私が就職活動していた97年には山一証券、拓銀(北海道拓殖銀行)といった金融のビッグネームが立て続けに倒産した。そんな時代に、私は金融業界に入って仕事を始めた。グローバルでの活躍の場を期待していた私だが、そう甘くはなかった。入社当時にやっていたのは、不良債権の回収業務。返済の督促の電話をすると「分かりました、明日振り込んでおきます」と言っていた人のところに翌日出向くと、夜逃げをされてもぬけの殻だったり。忘れられないのは歯科医のところに行ったときのこと。半沢直樹のドラマみたいな世界だが、バブルの頃は資産家にどんどん銀行がお金を貸していたわけだが、景気が悪くなると「返してください」というわけです。それも2年目くらいの社員が「返せ」と来るわけなので、当然、向こうも腹が立つ。その歯科医が金歯を取ってきて「そんなに返して欲しいなら、これを換金して返したるわ」と投げつけられたり、そんなことが日常茶飯事だった(笑)。

グローバル感皆無で始まった自分の社会人人生はこの先どうなるのかと考えない日はなかったわけだが、ただ、そういう仕事でも一生懸命やっていると、「自分にしかできない仕事」ができあがることでまわりから頼られるケースが増えてきて、仕事への誇りも感じ始めていた。一方で、初心貫徹で、私は「いつか必ず海外行かせてください」と人事面談で何度も繰り返し言うようにもしていた。「海外なんて35過ぎたやつが行くものだ」「いや、それはおかしいでしょう」というような話を人事部と3往復くらいしたと記憶している。それくらいずっと主張はしていた。私の希望も周りはよくわかってくれていて、先輩社員たちが人事面談の時に、ご自身のこと以上に「次はお前がいい転勤ができるように人事と支店長に言っておいたから」と声をかけてくれ、胸が熱くなったり。こうしてだんだん風向きが変わってきたと思い始めたのが3年目くらい。そしてとうとう5年目にして、夢の海外転勤、それも大好きなアメリカのニューヨークに勤務することが決まった。

そのときに思ったのは2つ。まず、最初に自分の責務、職務というのを一生懸命やるのは当たり前だが大事なことで、見ていてくれる人はきっといるのだということ。希望でない仕事もまずは全力を尽くすスタンス、あるいは泥臭く顧客と向き合ってきた経験。こういったことは必ず将来どこかで評価される場面が出てくると思う。そしてもう一つが好きなこと、やりたいことはきちんと言い続けること、そしてそれをまわりにも知って貰うことの大切さだ。

5年目に三和銀行ニューヨーク支店への転勤が叶う

5年目で海外駐在となり、赤坂での不良債権の取立てから突然ニューヨークのど真ん中に転勤した。夢が叶うというのは本当に嬉しいことで、着任した日は記念日として今でも毎年お祝いをしている。自分の身に起きることの全部が新しく、まさに一分一秒が楽しくて仕方ない日々だった。仕事も張り切ってやり、また住む家も自分で探して交渉しないといけないし、友人とのリレーションも新たに築いていかないといけない。こういったことを突然、海外で一人で全部やる中で、人としての「生き抜く力」的なものも付いてくる、そんな実感もあった。

日本の企業が海外に行くと、海外にいながら日本の企業を相手にする仕事と、地場の企業を相手にする仕事、大きく二つに分かれるが、私はアメリカ現地の地場企業にお金を貸すという仕事をしていた。外国人が25人、日本人が私を含めて7人という部隊で、最終意思決定を駐在員がするケースも多く、突然そんな環境に放り込まれてやっていた4年間だった。

その中で私が実感したことの一つは、アメリカでは、リスク/リターンの考えが極めてしっかり確立していること。特に金融はリスクの高い会社にお金を貸すときには「金利をたくさんください」と言うのは当たり前。日本の場合はそこがあいまいだったりもした。金融界の仕組みにとどまらず、ニューヨークの街で生きている人たちの人生も、リスクを取って成功した人にはそれに見合ったリワード(報酬)がある、というのが極めてはっきりした社会、それがアメリカだった。

海外勤務時のマインドセットとコミュニケーションについて

ちなみに私の趣味だが、野球が大好きで、学生の頃にはずっと野球をやっていた。好きなものがあり、それについて熱く話せると異文化の距離が縮まって、アメリカ人との距離がグッと近づく。ちょうど自分と同じ歳の松井秀喜選手がニューヨークヤンキースに行った頃で、メジャーリーグの球団も選手も全部知っている、松井選手がいた高校はどこかも知っている、そんな話ができるとオフィスでも「この日本人はなんだかおもしろいな」となる。だから好きなことや趣味というものは絶対に大事にしてほしい。グローバルにキャリアを開きたいがために趣味を犠牲にして「英語やらなきゃ」と思い過ぎてしまうと、かなりもったいない気がする。むしろ徹底的に好きなものがあると国境を越えて「この人おもしろいね」と思ってもらえるので、それは大事にするべきではないかなと思う。趣味とか愛するものは国境を超えるのです。もちろん、英語をきちんと学ぶこともとても重要なのだが。

海外で楽しく働き、生き抜いていくのに大切なのは①マインドセットと②コミュニケーション。私は、これがビジネスパーソンがグローバルに攻めていく際のキーワードだと思っている。

マインドセットに関しては、何でもチャレンジしてみる、違いを面白いと感じること。また、ここは突っ走るけれど、ここはちゃんと聞こうという適切なバランス感覚も重要になる。

そして、コミュニケーションスタイルについては、私たち日本人は、空気感とか全体調和を大切にして、特定の人の強い意見よりも何となく調和の中で空気を作っていって「これなら誰も文句を言わなさそうだよね」というように物事が決まる。これがザ・日本的スタイルだけれど、これで万国に通じるかという話になる。

私の感覚だと全否定する必要はないとは思うが、これだけでアメリカに行ってしまうと、日本人はグローバルなビジネス環境ではなかなかリーダーシップを発揮することが難しいと思う。そのためにぜひ身につけられるべきは、一つ目がConversational Business English、つまりビジネス現場の対話の中での英語。二つ目がLogical Communication。紐解くと、ReasoningとStructuringを明確にしてコミュニケーションを組み立てるスキルと言えるだろう。三つ目がConfident Mindset、最後は必ず何とかなるという自信。この三つがグローバルで活躍する上でのキーワードだと、自分自身の経験からかなりの確信を持って思っている。

この点、私自身が随分回り道をしたので、これから世界にチャレンジしていく日本の皆さんにはできる限り近道を歩んでほしいと思い、English Management Trainingというクラスを私が今いるグロービスで新しく開発している。

――後編は3/16に掲載します。

※この記事は、2017年2月10日に開催された「DODA適職フェア」にて行われたセミナーを元に編集しました

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