パネリスト:
澤田宏之 ブーズ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
田中慎一 フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社 代表取締役社長
ファシリテーター:
加治慶光 東京オリンピック・パラリンピック招致委員会 エグゼクティブ・ディレクター/グロービス経営大学院 客員准教授
澤田宏之 ブーズ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
田中慎一 フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社 代表取締役社長
ファシリテーター:
加治慶光 東京オリンピック・パラリンピック招致委員会 エグゼクティブ・ディレクター/グロービス経営大学院 客員准教授
日本のコンサル界を牽引するリーダーの履歴書
澤田:澤田宏之と申します。よろしくお願い致します。先ほど別のセッションで「自己を発信する」というお話がありましたが、このセッションのテーマもまさにそこに尽きると思います。ですから私も自己紹介するにあたり、「どこから来て何をやっているのか」ということに加え、「どんなことを考えているのか」という点も併せてご説明したいと思っています。
私は元々エンジニアでありサラリーマンでした。しかしエンジニアをしているなかで、エンジニアリングの外側にあるマクロな経済や政策がすごく気になってきました。「自分は何も分かっていないじゃないか」というもどかしさも感じるようになり、それを乗り越えたいという想いから、米国へ留学することにしたんです。博士号を取ろうと経済学を勉強していたのですが、私が師事していた教授がワシントンD.C.にある別の学校に移ってしまうことになり、大学に相談したところ、「シカゴ大学に行ってみたらどうか」と言われました。それでシカゴ大に編入することにしたんですが、シカゴ大というのはなかなか面倒な学校で、もう一度試験を受ける必要があったんです。
また試験勉強をするのは大変だし、どうしたらいいかと考えあぐねていたら、「じゃぁビジネススクールに行ってみたらどうか」と。「徐々に経済学に軸足を移していくことも出来るし、仮に博士号が取れなくてもビジネススクールを出たらそちらのほうが初任給は良い」と言われまして(会場笑)。びっくりしたのは、1学期目が終わった時点でマッキンゼー・アンド・カンパニー(以下マッキンゼー)とボストン・コンサルティング・グループ(以下BCG)からそれぞれオファーが来ました。レジュメに全米経済学会で賞を受賞したと記したのを担当者が見たんですね。
どんなことをやっている会社かもよく分からなかったのですが、両社を一度訪れてみました。そうしたら共に素晴らしいチャンスを与えてくれることが分かった。「夏の間日本に戻って仕事をさせてやる」と言われたんです。「給与も素晴らしく、こんなに面白い仕事はない」と思った私は、最終的にはBCGを選びました。
結果的にはそのままコンサルタントになったのですが、コンサルタントになって面白かったのは、「まず問題提起をすれば良い」という出発点があったことです。自分の目線をしっかりと持った上で考え、問題提起していく。それでビジネスとして成り立つというのが非常に新鮮でした。そうこうしているうちに、「自分がしっかりしなきゃいけない」と強く思うようになり、BCGを飛び出してコーポレイトディレクションというコンサルティング会社を仲間とともに設立したんです。新しい会社では様々な勉強をしながら、会社運営の難しさもわかっていったという感じですね。
そうしていると今度はBCG創業者の一人で、晩年はグロービス経営大学院の名誉学長をなさっていたジェームズ・アベグレンさんという、日本の経営学にはなくてはならない大変な先生に、「おまえが今やっていることはまだまだ小さい。もっとグローバルなことを手掛けろ」と言われました。それでジェミニ・コンサルティング(当時)という、急成長していたコンサルティング会社に移りました。
当時ジェミニはマッキンゼーに迫るトップコンサルティングファームに成長していたんですが、親会社がキャップジェミニという巨大なITシステム企業だったんですね。日本でもう一つ外資系のコンサルティング会社を作るのも、それはそれで面白いと移ったわけですが、IT企業に吸収されることになり、戦略とはいっても、やっていることが段々システム開発の前さばきみたいになってきた。それで「これはおかしい」と、結果的にはそこを1年半かけてバイアウトすることになりました。自分ですべて株を持ち、仲間と一緒に独立したんです。
するとその次はブーズ・アレン・ハミルトン(当時)という米系コンサルティング会社の会長が突然訪ねてきました。ブーズは100年近い歴史がある世界に冠たるコンサルティング企業でしたが、日本では20年やっても事業サイズを拡大できずにいたんですね。そのうえで、「お前のやっていることをずっと見てきた。お前の会社を買ってやる」と言われました。その会長はものすごいオーラをまとっていた方で、私は思わず、「Certainly(かしこまりました)」と言ってしまいまして(会場笑)、飛び込むことにしました。そんな風に言われたら燃えるほうですから、3年がかりで日本法人の規模を倍にして、収益性も世界のブーズのなかでトップクラスにしていきました。
そのような感じでコンサルタントをやってきたのですが、私としてはコンサルティング以上に、「自分のなかから何かを生んでいきたい」という思いが強い人間です。ですから、コンサルタント以外では、堀義人(グロービス経営大学院学長)さんとの出会いによってグロービスに初期から関わったりしたことは感動的でした。ほかにも某大手新聞社やネット系のベンチャーのアドバイザーをやったり、コンサルティングというより、時代の先端で色々な役割を担おうとしている方々と関わる仕事といったところでしょうか。そういう部分に強い生きがいを感じている人間です




