社会を変える源泉は、ビジネスにある
原点は小学生時代にいじめられていた経験という。「未来の大人をつくる最初のステップである学校というものが、本当にこれでいいのかという思いを、日々感じていました」と、山口氏は当時の心境を語る。
中、高時代は柔道にのめりこみ、猛勉強して慶應義塾大学に入学。発展途上国では、貧困などの理由で学校に行けない子どもたちがいることを知り、開発経済の道を志した。
大学4年の時。教育援助を行う国際機関、アメリカ・ワシントンの米州開発銀行でインターンした経験が転機になった。開発系の仕事を目指す人にとって、国際機関で働くことは大きな目標だ。山口氏もまた、「正職員になりたい」という意気込みで渡米したという。
だが、現実は理想とはかけ離れていた。「『心でなく頭で仕事をしている』と強く感じました。支援金は驚くほど莫大な額だけれど、『それが本当に人々を幸せにしているんだろうか』という想像力がない」。胸の中にもやもやした不満が募り、「自分の目で確かめたい」との思いにかられた。事務所のパソコンに「アジア 最貧国」というキーワードで検索すると、出てきたのがバングラデシュ。早速、現地に飛んだ。
貧困が街を覆いつくし、ストリートチルドレンが溢れかえっている様子に、衝撃を受けた。「国際機関の立場からたくさんの夢を与えていたはずなのに、それがまったく反映されていないという現実を見せつけられた」。たった2週間の滞在のつもりだったが、そのまま現地の大学院に進み、日本企業で働くなどして、貧困解決の答えを探し続けた。
「支援金は市民の手には届かず政治家が握ってしまったりしている。しかし、その一方で援助以外にはNGOで草の根運動をして頑張るしかない。現地の学生もみんなそう考えていました。そんなとき、『社会を変える源泉というのは、ビジネスにあるんじゃないか』と思いついたんです」。目をつけたのが、ジュートだった。




