〔パネリスト〕
浅野樹美:アイリバー・ジャパン 代表取締役社長CEO (GDBA1期生)
桂隆俊:リアルフリート 技術部商品企画開発責任者(GDBA2期生)
中村達郎:KDDI マーケティング統括部 auマーケティンググループリーダー(GDBA1期生)
吉冨敏雄:ゴンゾ 制作部シニアマネジャー(GDBA1期生)
※敬称略、五十音順。
〔ファシリテーター〕
岡島悦子:グロービス・マネジメント・バンク代表取締役
※ご登壇者の肩書きは、2006年7月当時のものです。
浅野樹美:アイリバー・ジャパン 代表取締役社長CEO (GDBA1期生)
桂隆俊:リアルフリート 技術部商品企画開発責任者(GDBA2期生)
中村達郎:KDDI マーケティング統括部 auマーケティンググループリーダー(GDBA1期生)
吉冨敏雄:ゴンゾ 制作部シニアマネジャー(GDBA1期生)
※敬称略、五十音順。
〔ファシリテーター〕
岡島悦子:グロービス・マネジメント・バンク代表取締役
※ご登壇者の肩書きは、2006年7月当時のものです。
キャリアをドリフト(漂流)しながら 「やりたいこと」に近づく
岡島 まずは、ここにいらっしゃるパネリストの皆さんのキャリア、経緯をお聞きしたい。
吉冨 私の場合、キャリアデザインというよりも、「キャリアの漂流」と言えるかもしれない。学生時代から、ベンチャーで仕事をしたいとは漠然と考えていたが、最初に勤務したのは銀行だった。その後ベンチャーに移り、何社かを同時にかけもちしながら仕事をしていた。それこそ、朝、昼、夜で別の会社で……。つぶれそうな会社のファイナンスまで診ていた。
銀行員時代は、ベンチャーキャピタルがかっこいいと思ったが、その世界に行くノウハウはなく、「ならば、ベンチャーキャピタルよりも、ベンチャー企業そのものに行った方がいいかな」と、新聞広告を見ていたら、面白そうな求人広告があって、そこの社長に会いにいった。しかし、そのベンチャーはうまくいかずにバイアウトされて……。
ゴンゾに入る前は、別のベンチャーで役員に就いており、仕事や待遇への不満はなかった。そんなとき、グロービスでベンチャーマネジメントのクラスを受け、ゴンゾのケースを読んでいるところに、グロービス・マネジメント・バンクから声がかかった。
中村 私は、日本テレコム(現ソフトバンクテレコム)、J-フォン(現ソフトバンクモバイル)という大企業から、アッカというベンチャー企業を経て、今は再び大企業であるKDDIにいる。
やや不自然なキャリアに見えると思うので、背景を説明したい。
ベンチャー企業に移ったのは、自分の力を試し、鍛えたいと考えてのこと。ベンチャーにいた1年間は本当に、いい経験をさせていただいた。
一方で、当時の私のキャリアビジョンは「マーケティングのプロフェッショナルを目指すこと」であったため、資源の制約が大きいベンチャー企業では、経験したくても出来ないことがあった。また、多忙な環境下でのGDBA取得との両立が厳しかったという側面もあった。
これらの背景から、再度、大企業に移ったという経緯がある。その経験から、特定分野の専門性を高めるためには、大企業の資源・環境が大切な場合もあると思っている。
桂 最初に勤めていた三菱電機は良い会社で今も仲良く付き合いがあるが、辞めるきっかけとなったのは自分自身の成長を考えたことだ。大企業にいれば何も考えなくても仕事をこなせるため、10年もすれば成長カーブが鈍化するだろう――と考え、入社したときに既に「30歳で辞めよう」と決めていた。
「30歳で辞める」と決めた当初は、辞めた後に何をするかは決めていなかった。実際に三菱電機を辞めたときは、自分で会社を興そうとしていた。リアルフリートとの出会いは、三菱電機にいたときに、たまたまテレビでリアルフリートの商品を見たため。興味を引かれ、すぐに同社の社長にメールをし、「協業して面白いことをやりませんか」と伝え、出張ついでに会いにいった。同社オフィスに足を踏み入れたとき、直感で「この会社は面白そうだ」と思った。また、自分のやりたかったことと方向性が似ていたため、辞めた後、遊びに行ったら「一緒に仕事しよう」という話になり、条件も定めないまま入社を決めた。
リアルフリートでは、全員に欲しいと思ってもらえる商品ではなく、想定している顧客から「絶対に欲しい」と思ってもらえるプロダクトを開発している。わくわくするのは、形あるものができあがった時だ。試作品や企画が新しい形になったのを見るのが好きなので、そこに一生携わりたい。
浅野 私は以前、東京ガスの研究所に勤めていて、新しいものをつくる仕事を楽しんでいた。だが、新しいものをつくっても、営業は自分の言う通りには売ってくれないという課題に突き当たり、自分が商品を売りたいと思った。当初は社内で新規事業を立ち上げれば済むと思ったが、自分自身にその力が足りないことに気づき、グロービスに通った。
その後、東京ガスの経営企画部門に異動になり、事業の立ち上げを担当できた。がしかし、「何かが違う」と感じた。自分の好きなものを売ることができないのだ。あくまでも東京ガスの枠組みのなかで仕事をするしかなく、しっくりこなかった。
そこで「自分の好きなものをつくり、せっかく学んだ経営に近い部門にいたいと思ったら、ベンチャー企業に行くのが良いのではないか」と考えたわけだ。いわば、「自分の好きなことを仕事でやれない」と気づいたことがきっかけとなり、ベンチャー企業に移ったことになる。
吉冨 私の場合、キャリアデザインというよりも、「キャリアの漂流」と言えるかもしれない。学生時代から、ベンチャーで仕事をしたいとは漠然と考えていたが、最初に勤務したのは銀行だった。その後ベンチャーに移り、何社かを同時にかけもちしながら仕事をしていた。それこそ、朝、昼、夜で別の会社で……。つぶれそうな会社のファイナンスまで診ていた。
銀行員時代は、ベンチャーキャピタルがかっこいいと思ったが、その世界に行くノウハウはなく、「ならば、ベンチャーキャピタルよりも、ベンチャー企業そのものに行った方がいいかな」と、新聞広告を見ていたら、面白そうな求人広告があって、そこの社長に会いにいった。しかし、そのベンチャーはうまくいかずにバイアウトされて……。
ゴンゾに入る前は、別のベンチャーで役員に就いており、仕事や待遇への不満はなかった。そんなとき、グロービスでベンチャーマネジメントのクラスを受け、ゴンゾのケースを読んでいるところに、グロービス・マネジメント・バンクから声がかかった。
中村 私は、日本テレコム(現ソフトバンクテレコム)、J-フォン(現ソフトバンクモバイル)という大企業から、アッカというベンチャー企業を経て、今は再び大企業であるKDDIにいる。
やや不自然なキャリアに見えると思うので、背景を説明したい。
ベンチャー企業に移ったのは、自分の力を試し、鍛えたいと考えてのこと。ベンチャーにいた1年間は本当に、いい経験をさせていただいた。
一方で、当時の私のキャリアビジョンは「マーケティングのプロフェッショナルを目指すこと」であったため、資源の制約が大きいベンチャー企業では、経験したくても出来ないことがあった。また、多忙な環境下でのGDBA取得との両立が厳しかったという側面もあった。
これらの背景から、再度、大企業に移ったという経緯がある。その経験から、特定分野の専門性を高めるためには、大企業の資源・環境が大切な場合もあると思っている。
桂 最初に勤めていた三菱電機は良い会社で今も仲良く付き合いがあるが、辞めるきっかけとなったのは自分自身の成長を考えたことだ。大企業にいれば何も考えなくても仕事をこなせるため、10年もすれば成長カーブが鈍化するだろう――と考え、入社したときに既に「30歳で辞めよう」と決めていた。
「30歳で辞める」と決めた当初は、辞めた後に何をするかは決めていなかった。実際に三菱電機を辞めたときは、自分で会社を興そうとしていた。リアルフリートとの出会いは、三菱電機にいたときに、たまたまテレビでリアルフリートの商品を見たため。興味を引かれ、すぐに同社の社長にメールをし、「協業して面白いことをやりませんか」と伝え、出張ついでに会いにいった。同社オフィスに足を踏み入れたとき、直感で「この会社は面白そうだ」と思った。また、自分のやりたかったことと方向性が似ていたため、辞めた後、遊びに行ったら「一緒に仕事しよう」という話になり、条件も定めないまま入社を決めた。
リアルフリートでは、全員に欲しいと思ってもらえる商品ではなく、想定している顧客から「絶対に欲しい」と思ってもらえるプロダクトを開発している。わくわくするのは、形あるものができあがった時だ。試作品や企画が新しい形になったのを見るのが好きなので、そこに一生携わりたい。
浅野 私は以前、東京ガスの研究所に勤めていて、新しいものをつくる仕事を楽しんでいた。だが、新しいものをつくっても、営業は自分の言う通りには売ってくれないという課題に突き当たり、自分が商品を売りたいと思った。当初は社内で新規事業を立ち上げれば済むと思ったが、自分自身にその力が足りないことに気づき、グロービスに通った。
その後、東京ガスの経営企画部門に異動になり、事業の立ち上げを担当できた。がしかし、「何かが違う」と感じた。自分の好きなものを売ることができないのだ。あくまでも東京ガスの枠組みのなかで仕事をするしかなく、しっくりこなかった。
そこで「自分の好きなものをつくり、せっかく学んだ経営に近い部門にいたいと思ったら、ベンチャー企業に行くのが良いのではないか」と考えたわけだ。いわば、「自分の好きなことを仕事でやれない」と気づいたことがきっかけとなり、ベンチャー企業に移ったことになる。
過去の経験が生かされている現在 「踏み切ってよかった」と実感
岡島 転職に踏み切ってよかった、と思える点をお聞かせ願いたい。
桂 自分については、企業のオペレーションに対する視野が広がった。大企業では、企画業務、設計業務に携わっている人はやらないような店頭接客や製品のカスタマーサポートのような業務もこなしながら、「こういうことまでやるんだ」と楽しんでいる。
吉冨 銀行にいたとき、多くの会社のファイナンスを担当した。苦労して事務作業をした経験や、身に付けた財務会計の知識は、今のキャリアに生きている。
ただ、最初に移った先のベンチャーでは、事業計画を立てろと言われ「はいわかりました」と答えたはいいが、初めてのことでやり方がわからず、うまくいかなかったことがある。
今は、A君がある行動をすると業績がどうなるか、A君の代わりにB君が動くと損益計算書はどう変化するか、といったことも考えて動けるようになった。
マネジメントレベルの話については、自分自身は下積みをこなした上でポジションアップしつつあると考えているが、落下傘で上の立場から入るのも、あえて下のポジションから入って昇進するのも、両方ありうると思う。
浅野 社長の仕事は泥臭いことが多い。何をやっているかを話して、「やってみたい?」と尋ねたら、きっと皆やりたくないと答えるだろう。
ベンチャーに入ったときは、一人で経営企画を担当し、事業計画を描いてベンチャーキャピタルへの説明もしていた。30名くらいのベンチャーだと、何でも自分でやらなければならない。当初は、そういう環境は自分には向いていない、経営企画部など特定の部門に在籍してビジネスプランを書いているのが合っている――と思っていた。
しかし、一から事業を立ち上げ、チームで仕事をして、組んだ相手が自己実現していく過程を共有ができることが、楽しくあり新鮮に感じられた。
桂 自分については、企業のオペレーションに対する視野が広がった。大企業では、企画業務、設計業務に携わっている人はやらないような店頭接客や製品のカスタマーサポートのような業務もこなしながら、「こういうことまでやるんだ」と楽しんでいる。
吉冨 銀行にいたとき、多くの会社のファイナンスを担当した。苦労して事務作業をした経験や、身に付けた財務会計の知識は、今のキャリアに生きている。
ただ、最初に移った先のベンチャーでは、事業計画を立てろと言われ「はいわかりました」と答えたはいいが、初めてのことでやり方がわからず、うまくいかなかったことがある。
今は、A君がある行動をすると業績がどうなるか、A君の代わりにB君が動くと損益計算書はどう変化するか、といったことも考えて動けるようになった。
マネジメントレベルの話については、自分自身は下積みをこなした上でポジションアップしつつあると考えているが、落下傘で上の立場から入るのも、あえて下のポジションから入って昇進するのも、両方ありうると思う。
浅野 社長の仕事は泥臭いことが多い。何をやっているかを話して、「やってみたい?」と尋ねたら、きっと皆やりたくないと答えるだろう。
ベンチャーに入ったときは、一人で経営企画を担当し、事業計画を描いてベンチャーキャピタルへの説明もしていた。30名くらいのベンチャーだと、何でも自分でやらなければならない。当初は、そういう環境は自分には向いていない、経営企画部など特定の部門に在籍してビジネスプランを書いているのが合っている――と思っていた。
しかし、一から事業を立ち上げ、チームで仕事をして、組んだ相手が自己実現していく過程を共有ができることが、楽しくあり新鮮に感じられた。
“やりたいこと”に向けて踏み出せ 行動する中で自分を成長させられる
岡島 キャリア論的に申しあげると、今のトレンドは、きっちりとキャリア設計をする「キャリアデザイン」から、日頃自分のやりたいことを明確にしておいてチャンスが来たらしっかりとつかむ「キャリアドリフト(漂流)」に、シフトしてきている。これは、時代の変化の流れが速いため、目標としていた仕事そのものが陳腐化してしまうことも出てきているためである。私自身も、行動してみた中から見えてくるチャンスをものにするというのは良いアプローチだと思っているが、パネラーの方々から、会場にいる方に対し「こういうことをやってみたらいいのではないか」というアドバイスがあれば、いただきたい。
吉冨 自分が第一歩を踏み出した当時のキャリア設計は、ベンチャーファイナンスだった。振り返ってみると、わかっていなければ飛び込めない仕事かといったら、そんなことはなかった。社長が経営コンサルティングファーム出身だから、最初から経営をわかっているかというと、実際はそうでもなかったりする。現実は、そんなものではないだろうか。
重要なのは、問題に気づけるか、気づけないとしても、突き進めるかだ。
GDBAで学んだことで役立っているのは、マネジメントスキルの中の2割くらいかもしれない。その2割にしても、経験する中でそれを応用できるようになった。
桂 ある年の元旦から、「毎週一個新しいことしていく」というのを自分に課した。行動というのは、習慣になると楽な方向に流れてしまうので、無理やりカルロス・ゴーンの記者会見に参加するなど、新しいことに自分をせき立てた。
その一環として、今の会社の社長に会ったわけである。それまでダメじゃないかと思ったことをやっていって、たまに良い反応があったら、それが縁で新しい事業につながることもあるのだ。
浅野 私は、転職するとき、8社くらいのエージェントにお世話になった。せっかくだからマネジメントに近いところに行きたいと思った。そんな中、グロービスで学んでいたら、合宿でアイリバーの遠藤さんと会い、来ないかと誘われた。
会場の皆さんには、やりたいと思うことを発信し続けていくことの大切さを伝えたい。やりたくないことも好きなことで出来ているのだから、こなすのも経験のひとつだ。
アイリバーに入社して、自分の身に起こることを受け止められるようになった。何が起こっても、自分のやった結果。受け止めることで、自らの糧となる。
「リスク」という言葉がよく使われるけれど、自分がやりたいことをできない方が、私にとってはリスクだと思う。
吉冨 自分が第一歩を踏み出した当時のキャリア設計は、ベンチャーファイナンスだった。振り返ってみると、わかっていなければ飛び込めない仕事かといったら、そんなことはなかった。社長が経営コンサルティングファーム出身だから、最初から経営をわかっているかというと、実際はそうでもなかったりする。現実は、そんなものではないだろうか。
重要なのは、問題に気づけるか、気づけないとしても、突き進めるかだ。
GDBAで学んだことで役立っているのは、マネジメントスキルの中の2割くらいかもしれない。その2割にしても、経験する中でそれを応用できるようになった。
桂 ある年の元旦から、「毎週一個新しいことしていく」というのを自分に課した。行動というのは、習慣になると楽な方向に流れてしまうので、無理やりカルロス・ゴーンの記者会見に参加するなど、新しいことに自分をせき立てた。
その一環として、今の会社の社長に会ったわけである。それまでダメじゃないかと思ったことをやっていって、たまに良い反応があったら、それが縁で新しい事業につながることもあるのだ。
浅野 私は、転職するとき、8社くらいのエージェントにお世話になった。せっかくだからマネジメントに近いところに行きたいと思った。そんな中、グロービスで学んでいたら、合宿でアイリバーの遠藤さんと会い、来ないかと誘われた。
会場の皆さんには、やりたいと思うことを発信し続けていくことの大切さを伝えたい。やりたくないことも好きなことで出来ているのだから、こなすのも経験のひとつだ。
アイリバーに入社して、自分の身に起こることを受け止められるようになった。何が起こっても、自分のやった結果。受け止めることで、自らの糧となる。
「リスク」という言葉がよく使われるけれど、自分がやりたいことをできない方が、私にとってはリスクだと思う。




