パネリスト:
穐田誉輝 株式会社カカクコム 相談役 クックパッド株式会社 取締役
Allen Miner 株式会社サンブリッジ 代表取締役会長兼CEO
仮屋薗聡一 株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー
モデレーター:
各務茂夫 東京大学教授 産学連携本部 事業化推進部長 経営学博士
各務茂夫氏(以下、敬称略):本会場にお集まりいただいた皆さまはすべての方がビジネスのアントレプレナーではないかもしれません。ただ、ほとんどの方は、本質的に、アントレプレナーではないかなと私は思います。アメリカではポリティカルアントレプレナーシップという言葉がある種のリーダー像を指す言葉として使われるときがあります。ですから、「従来のものを超えて何か新しいことをやっている」すべての皆さまに、今日はアントレプレナーとしてご参加いただいているのではないかと思います。
本セッションでは「アントレプレナーとは何ぞや」という議論だけをするのではなく、アントレプレナーシップをさらに醸成させていくためにどうしたら良いかについて議論していきたいと思います。こちらにお集まりのパネリストの方々はアントレプレナーの顔をお持ちであると同時に、インベスターの顔、さらにはベンチャーを支援するという顔もお持ちだと思います。私は現在大学教員ですが、一応ベンチャーキャピタルのファンド監査役もやっていますし、会社をつくったこともあります。そのように立ち位置はそれぞれ違いますが、我が国でアントレプレナーシップの活動をさらに大きくしていくにはどうしたら良いか。そんな議論が出来たらと思っております。
今日はなるべく皆さまとインタラクティブに議論していきたいと思っております。まずは30分ぐらい、各パネリストに問題意識や課題の提起を行っていただきましょう。各自7〜8分、自由にお話しいただければと思います。私も本日はモデレーターですが、大学の立場から違った視点をご提案するという意味でパネリストのような形でもお話をさせていただきつつ、ディスカッションを進めていければと思っています。それでは穐田さん、お願いします。
穐田誉輝氏(以下、敬称略):皆さまこんにちは。フロアには面識のある方もいらっしゃいますが、まず簡単に自己紹介をさせてください。私は大学を出たあと、ジャフコというベンチャーキャピタルの会社に就職しました。そこから自動車流通系のベンチャー企業に転職し、その会社が上場した1999年、30歳のときに自分でベンチャーキャピタルの会社を創業しました。インターネットの会社に投資をするベンチャーキャピタルです。このときのファンドは規模は35億円でした。2000年に、カカクコムという会社をファンドで買収しました。その後カカクコムは2003年にマザーズに上場し、2005年には東証一部に上場しています。
その上場した翌年となる2006年には社長を引退しまして、現在は相談役をやっています。ですから上場会社の社長としては3〜4年ぐらいですね。その前は上場までの準備期間…、まあ、当時は年商1億もない会社でしたから、実質的には創業直後から一部上場までを経営者として手がけていきました。
もうひとつ。クックパッドという会社には2004年から…、付き合いは1999年からですが、個人で出資をしています。今は株主兼非常勤取締役ということで関わっています。こちらは2009年にマザーズで上場しています。だいたい10年のあいだに関与した企業3社が上場している形になります。個人投資家として、ベンチャーキャピタル代表として、そして上場企業の経営者として、そして個人投資家として仕事をしてきたのがこの10年ぐらいです。簡単な自己紹介でした。
仮屋薗聡一氏(以下、敬称略):グロービス・キャピタル・パートナーズの仮屋薗聡一です。グロービスでベンチャーキャピタル立ち上げに関わった96年から15年を経て、現在までに400億円ぐらいのファンド運用に携わっております。私のなかではその15年で、3回ぐらいパラダイムの変遷があったかなと思っています。アントレプレナーのタイプというパラダイムの転換です。このあたりに触れながら、起業家を支える立場のベンチャーキャピタルが特に現在の日本で直面している課題についてお話をしていきたいと思っています。それは、とりもなおさず、起業家の方々に対するサポートサービスそのものの課題でもあります。そして、問題提起だけではなく、ソリューションまで踏み込んだ議論も出来ればと考えています。
アレン・マイナー氏(以下、敬称略):サンブリッジのアレン・マイナーと申します。日本との関わりは学生の頃からありました。ビジネスでは1987年、日本オラクル立ちあげのために本社から送られて関わりました。珍しいことに子会社上場というのが許されて、89年に日本で無事公開出来たのですが、ちょうどバブルのピークのときでとんでもない株価がつきました。そのチャンスを使って最終的にはサンブリッジという形で会社をたちあげました。日本におけるインターネットの本格的な進展になんらかの形で関わりたいと思っていたので。これまでベンチャーキャピタルおよび技術・営業両面での支援事業ということで、ここ10年間、日米で60を超える投資を会社としてやっています。あと、「こいつは面白いからうまくいくかどうか分からないけれども応援したい」といったエンジェルインベストメントも行っています。
私が日本国内で「このアントレプレナーがすごい」と一番強く思ったのはマクロミル代表の杉本哲哉さん。アメリカですとセールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフですね。会社が出来て間もないうちに日本法人を共同事業でつくりました。私はよく日米の比較論みたいなことをよく頼まれるのですが、今日も少しそんな観点で日本におけるアントレプレナーシップの課題についてお話し出来たらと思います。
各務:ありがとうございます。私も簡単に自己紹介をさせてください。皆さまにはあまりご縁がないかもしれませんが、2004年に施行された国立大学法人法に基づいて大学改革が行われました。これは簡単に言うと、大学個別にバランスシートとインカム・ステートメントをつけて、文部科学省にかわって学長がその経営をやるというものです。経営を自由に行える代わりに、国からの補助金を毎年減らす。それが1点ですね。
もう一点の変化は、それまでの大学では研究者が発明した知的財産は研究者個人のものでした。しかし法人化後は、特許法35条の職務発明が適用され、研究者の発明が基本的に大学のものになりました。企業と同じで、これをどのようにライセンスするかという課題が出てきました。どのようにベンチャーを立ち上げて最終的に事業にするかという話が大学の本務になったわけです。これは国立大学法人法の第22条に定められています。「大学は社会に貢献しよう」ということに変わりました。そんなことから私自身は2004年、今のポジションについて、大学発ベンチャーの支援ということをやっております。
さて、ただいま御三方からお話をいただきましたが、最初に仮屋薗さん。先ほど「パラダイムが3回あった」というお話でしたが、そのあたりから議論を深めていきたいと思います。
穐田誉輝 株式会社カカクコム 相談役 クックパッド株式会社 取締役
Allen Miner 株式会社サンブリッジ 代表取締役会長兼CEO
仮屋薗聡一 株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー
モデレーター:
各務茂夫 東京大学教授 産学連携本部 事業化推進部長 経営学博士
各務茂夫氏(以下、敬称略):本会場にお集まりいただいた皆さまはすべての方がビジネスのアントレプレナーではないかもしれません。ただ、ほとんどの方は、本質的に、アントレプレナーではないかなと私は思います。アメリカではポリティカルアントレプレナーシップという言葉がある種のリーダー像を指す言葉として使われるときがあります。ですから、「従来のものを超えて何か新しいことをやっている」すべての皆さまに、今日はアントレプレナーとしてご参加いただいているのではないかと思います。
本セッションでは「アントレプレナーとは何ぞや」という議論だけをするのではなく、アントレプレナーシップをさらに醸成させていくためにどうしたら良いかについて議論していきたいと思います。こちらにお集まりのパネリストの方々はアントレプレナーの顔をお持ちであると同時に、インベスターの顔、さらにはベンチャーを支援するという顔もお持ちだと思います。私は現在大学教員ですが、一応ベンチャーキャピタルのファンド監査役もやっていますし、会社をつくったこともあります。そのように立ち位置はそれぞれ違いますが、我が国でアントレプレナーシップの活動をさらに大きくしていくにはどうしたら良いか。そんな議論が出来たらと思っております。
今日はなるべく皆さまとインタラクティブに議論していきたいと思っております。まずは30分ぐらい、各パネリストに問題意識や課題の提起を行っていただきましょう。各自7〜8分、自由にお話しいただければと思います。私も本日はモデレーターですが、大学の立場から違った視点をご提案するという意味でパネリストのような形でもお話をさせていただきつつ、ディスカッションを進めていければと思っています。それでは穐田さん、お願いします。
穐田誉輝氏(以下、敬称略):皆さまこんにちは。フロアには面識のある方もいらっしゃいますが、まず簡単に自己紹介をさせてください。私は大学を出たあと、ジャフコというベンチャーキャピタルの会社に就職しました。そこから自動車流通系のベンチャー企業に転職し、その会社が上場した1999年、30歳のときに自分でベンチャーキャピタルの会社を創業しました。インターネットの会社に投資をするベンチャーキャピタルです。このときのファンドは規模は35億円でした。2000年に、カカクコムという会社をファンドで買収しました。その後カカクコムは2003年にマザーズに上場し、2005年には東証一部に上場しています。
その上場した翌年となる2006年には社長を引退しまして、現在は相談役をやっています。ですから上場会社の社長としては3〜4年ぐらいですね。その前は上場までの準備期間…、まあ、当時は年商1億もない会社でしたから、実質的には創業直後から一部上場までを経営者として手がけていきました。
もうひとつ。クックパッドという会社には2004年から…、付き合いは1999年からですが、個人で出資をしています。今は株主兼非常勤取締役ということで関わっています。こちらは2009年にマザーズで上場しています。だいたい10年のあいだに関与した企業3社が上場している形になります。個人投資家として、ベンチャーキャピタル代表として、そして上場企業の経営者として、そして個人投資家として仕事をしてきたのがこの10年ぐらいです。簡単な自己紹介でした。
仮屋薗聡一氏(以下、敬称略):グロービス・キャピタル・パートナーズの仮屋薗聡一です。グロービスでベンチャーキャピタル立ち上げに関わった96年から15年を経て、現在までに400億円ぐらいのファンド運用に携わっております。私のなかではその15年で、3回ぐらいパラダイムの変遷があったかなと思っています。アントレプレナーのタイプというパラダイムの転換です。このあたりに触れながら、起業家を支える立場のベンチャーキャピタルが特に現在の日本で直面している課題についてお話をしていきたいと思っています。それは、とりもなおさず、起業家の方々に対するサポートサービスそのものの課題でもあります。そして、問題提起だけではなく、ソリューションまで踏み込んだ議論も出来ればと考えています。
アレン・マイナー氏(以下、敬称略):サンブリッジのアレン・マイナーと申します。日本との関わりは学生の頃からありました。ビジネスでは1987年、日本オラクル立ちあげのために本社から送られて関わりました。珍しいことに子会社上場というのが許されて、89年に日本で無事公開出来たのですが、ちょうどバブルのピークのときでとんでもない株価がつきました。そのチャンスを使って最終的にはサンブリッジという形で会社をたちあげました。日本におけるインターネットの本格的な進展になんらかの形で関わりたいと思っていたので。これまでベンチャーキャピタルおよび技術・営業両面での支援事業ということで、ここ10年間、日米で60を超える投資を会社としてやっています。あと、「こいつは面白いからうまくいくかどうか分からないけれども応援したい」といったエンジェルインベストメントも行っています。
私が日本国内で「このアントレプレナーがすごい」と一番強く思ったのはマクロミル代表の杉本哲哉さん。アメリカですとセールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフですね。会社が出来て間もないうちに日本法人を共同事業でつくりました。私はよく日米の比較論みたいなことをよく頼まれるのですが、今日も少しそんな観点で日本におけるアントレプレナーシップの課題についてお話し出来たらと思います。
各務:ありがとうございます。私も簡単に自己紹介をさせてください。皆さまにはあまりご縁がないかもしれませんが、2004年に施行された国立大学法人法に基づいて大学改革が行われました。これは簡単に言うと、大学個別にバランスシートとインカム・ステートメントをつけて、文部科学省にかわって学長がその経営をやるというものです。経営を自由に行える代わりに、国からの補助金を毎年減らす。それが1点ですね。
もう一点の変化は、それまでの大学では研究者が発明した知的財産は研究者個人のものでした。しかし法人化後は、特許法35条の職務発明が適用され、研究者の発明が基本的に大学のものになりました。企業と同じで、これをどのようにライセンスするかという課題が出てきました。どのようにベンチャーを立ち上げて最終的に事業にするかという話が大学の本務になったわけです。これは国立大学法人法の第22条に定められています。「大学は社会に貢献しよう」ということに変わりました。そんなことから私自身は2004年、今のポジションについて、大学発ベンチャーの支援ということをやっております。
さて、ただいま御三方からお話をいただきましたが、最初に仮屋薗さん。先ほど「パラダイムが3回あった」というお話でしたが、そのあたりから議論を深めていきたいと思います。
日本のアントレプレナーシップは質的な進化を遂げている(仮屋薗)
仮屋薗氏
90年代後半になってネットバブルがはじまります。ここでは大企業から、いわゆる高学歴の方々がスピンオフしていました。かつIT系が大変に多かった。更地のインターネット関連分野で起業し、スピーディーなファーストムーバーが勝っていった。ロジカルにかつスピーディーに開拓していった時代で、そこにお金も集まった。IT関連の需要も生まれ、IPOとともに多くの上場企業が生まれました。それが2000年のネットバブルを超えても進化していったのが2006年ぐらいまでで、リーマンショック前…、もしかしたらライブドアショックぐらいまで続いていたと思います。
そして現在、私が足元で感じている第三の波になります。これは昨日の講演で田中(良和 グリー代表取締役)さんも仰っていましたね。80年代前後生まれとなる20代もしくは30代前半の方々です。いわば「一度も良い目を見てきていない方々」で、マーケットや自分たちの現状に対してクールです。ただ、とてもタクティカルに自分たちの事業を捉えている。そんな若手起業家に、エンジェル、あるいは経営の経験を持つ方がアドバイザーとしてつく。タッグで起業というものを考えてアプローチしているタイプです。
この点についてはアメリカのインターネットベンチャーに似通ってきている。ほぼ20代の若い技術者に対して、いわゆるグレーヘアで経験値の高いシニアのアントレプレナーがつく。タッグで起業の成功確率を高めていくという手法です。“経営チーム”という観点からみると、今の日本はアメリカに15年ぐらい遅れた感じでその波が来つつあると思います。ネットバブルと言われていた時代に起業して成功された経営者の方々、もしくはマネージャーの方々と若手がタッグになって経営を新しく立ち上げていく。そういう波が今まさに来ているように感じます。
各務:今のお話を伺っていますと、少なくとも日本はアントレプレナーシップのベースというものは前に進んでいると。
仮屋薗:よく「日本人はアントレプレナーシップが弱い」と言われています。たしかに進化の量はまだ足りないかもしれません。ただ、質的な進化やマネジメントチームの組成パターンは明らかに前に進んでいる。これだけは実感しています。
各務:マイナーさん、この点について日米の比較論も絡めてお話し頂けますか。




