パネリスト:
田坂広志 シンクタンク・ソフィアバンク 代表
冨山和彦 経営共創基盤(IGPI) CEO
ファシリテーター:
堀義人 グロービス経営大学院 学長
堀:皆さん、こんにちは。G1サミット2010最終となる本セッションでは、「リーダーシップ」について考えてみたいと思います。「現在の閉塞感漂う日本において私たち自身に必要なものは何か?」という自問にもつながるテーマです。
今回のG1サミットでは、「1.批判よりも提案を」「2.提案から行動へ」「3.次代のリーダーとしての自覚を醸成する」という精神を掲げています。つまり、国家のリーダーだけではなく、この会場にいる一人ひとりがリーダーとして何を考えていくか。僕ら自身が自覚を持ち、何をどう変えていくべきかを考え、行動に移していこうということです。
まずは「リーダーとは何か?」という側面から議論していきましょう。ここで考えていく要素は三つ。一つ目は資質、つまり能力ですね。二つ目は哲学。どういった哲学を持つべきか。そして三つ目がどのように育成をしていくかという点です。自らを育成しながら、その一方で皆さん自身が多くの部下をどのように育成していくかも重要になります。
今回は素晴らしいパネリストにお越しいただいています。まずは田坂さん。哲学的な側面からでも結構ですが、リーダーシップというものについてお話しいただけますでしょうか。
田坂広志 シンクタンク・ソフィアバンク 代表
冨山和彦 経営共創基盤(IGPI) CEO
ファシリテーター:
堀義人 グロービス経営大学院 学長
堀:皆さん、こんにちは。G1サミット2010最終となる本セッションでは、「リーダーシップ」について考えてみたいと思います。「現在の閉塞感漂う日本において私たち自身に必要なものは何か?」という自問にもつながるテーマです。
今回のG1サミットでは、「1.批判よりも提案を」「2.提案から行動へ」「3.次代のリーダーとしての自覚を醸成する」という精神を掲げています。つまり、国家のリーダーだけではなく、この会場にいる一人ひとりがリーダーとして何を考えていくか。僕ら自身が自覚を持ち、何をどう変えていくべきかを考え、行動に移していこうということです。
まずは「リーダーとは何か?」という側面から議論していきましょう。ここで考えていく要素は三つ。一つ目は資質、つまり能力ですね。二つ目は哲学。どういった哲学を持つべきか。そして三つ目がどのように育成をしていくかという点です。自らを育成しながら、その一方で皆さん自身が多くの部下をどのように育成していくかも重要になります。
今回は素晴らしいパネリストにお越しいただいています。まずは田坂さん。哲学的な側面からでも結構ですが、リーダーシップというものについてお話しいただけますでしょうか。
「自らが語っていることをどこまで深く信じているか」(田坂)
田坂:G1サミットという、まさに次の時代のリーダーとなる方々が集まる場所で、リーダーシップというテーマについて語る。これはなかなか意義深いパネル討論かと思います。まずは、最初の質問、「リーダーの資質とは何か」について、コメントしたいと思います。もとより、「リーダーの資質とは?」と聞かれれば、挙げようと思えば10でも20でも、求められる資質について挙げることはできますが、この会場の皆さんの無言の問いは、「それらの中でも最も大切な資質を、たった一つ挙げよ」と聞かれているかと思います。
そこで、この3日間を振り返ってみましょう。この3日間、さまざまなセッションがありました。そのなかで「胸を打つ言葉」がありましたね。また、「心に残る言葉」や「腹に響く言葉」も随分あったように思います。すなわち、「胸を打つ言葉」「心に残る言葉」「腹に響く言葉」。私は、そういった言葉を語れるかどうかが、非常に重要なリーダーの資質ではないかと思っています。端的に申し上げれば、リーダーに最も求められる資質は、「言葉の力」だと思っています。そして、私は、日本文化を大切にしている人間ですので、ここでは、日本という国に伝わる、あの言葉を申し上げたいと思います。
「言霊」(ことだま)。
これからの時代、日本のリーダーは、「言霊」を発することのできる人物でなければならないと思うのです。私は、海外の講演などにおいても、「KOTODAMA」という英語にして、その大切さを述べています。たった3人の職場のリーダーであろうが、日本という国のリーダーであろうが、リーダーたるもの、この「言霊」を発することができなければならない。そのことを、我々は、自らに問うてみるべきかと思います。
もとより、我々は、誰もが修行中の身。それゆえ、「自分の語っている言葉は軽いのではないか」と、ときに、深く反省するときもあるでしょう。自分の語った言葉が、部下、社員、県民、あるいは国民へどのように伝わっただろうか。胸を打つ言葉が、どれほどあっただろうか。心に残る言葉が、どれほど語れただろうか。腹に響く言葉を、どれほど発することができたか。そうしたことを反省するときがあります。
グローバリゼーションという大きな流れのなかにあって、「日本人はもっとディベートの力を磨くべきだ」と、よく言われます。たしかに、そういった能力も必要と思いますが、実は、欧米でも、本当にすごいリーダーは、ただ一言で、多くの人々の心を動かします。皆さんもよくご存じのあのリーダーは、そのただ一言で、多くの人々に大きな勇気を与え、変革の行動に駆り立てました。
“I have a dream.”。皆さんのなかにも、あのマルチン・ルーサー・キングの演説に、大きく心を動かされ、励まされた方がいるのではないでしょうか。
私はダボス会議などの国際会議にも、よく参加しますが、あの場において、欧米の論者の饒舌さに負けないように饒舌に話すことが国際戦略だとは思っていません。たしかに日本人は、もう少し喋ったほうがいいとは思いますが、やはり日本人は、言葉の数は少々足りなくとも、ひとたび発言を求められたら腹に響く言葉を発する人々でありたいと思います。そうした言葉の力で勝負できたならば、「KOTODAMA」という言葉も、いつか国際語になるのではないかと思っています。何年か先には、そうなってほしいですね。
ただ、このように、「リーダーには、言葉の力が求められる」「リーダーは、言霊を語らなければならない」と申し上げると、会場からは、「それは分かった。では、どうすれば、その言葉の力が身につくのか? 言霊を語れるようになるのか?」という疑問の声が挙がると思いますので、もう少し、話をさせて頂きたい。
心に残る言葉には、一つの共通点があります。それは、「自らが語っていることをどこまで深く信じているか」。究極的には、この一点だけです。
極論と思われるかもしれませんが、たとえ間違ったことであろうとも、本気で信じている人間が語る言葉は、心に響きます。実は、皆さんも経験的に、そのことを感じられているのではないでしょうか。逆に、言っていることは正しいが、心に響かない、ということもしばしば経験します。教科書のような本をたくさん読み、いつも模範的なことを言っている。しかし、それらの言葉の奥に少しも信念を感じない。自分で自分の言っていることを信じてないという言葉も、この世の中には数多くあります。そうした言葉よりも、多少、言い過ぎではないかと思えるような言葉であっても、その人が信じ込んで喋っているときには、それは「言霊」になります。その意味では、「信じる力」が、「言霊」を語る第一の条件だと思います。
しかし、こう申し上げると、「ああ、信念が大切ということですね」と思われる方が多いと思いますので、もう少し続けましょう。
例えば、皆さんが部下に、「君は信念を持っているか?」と聞けば、大概、「持っています」と答えるでしょう。しかし、それだけでは意味がないのですね。
なぜなら、「信じる力」ということの本当の意味は、「信念を持っているか」ということではないからです。「信じる力」の本当の意味は、「無意識の世界で、それを信じているか」ということなのです。
こう申し上げると、「そんな無体な」と思われるかもしれません。意識の働かないところ、自分自身にも分からないところで信じろと言われても、それは無理だと思われるでしょう。しかし、本当に信じているという状態というのは、自分の無意識の世界まで含めて、信じている状態を言うのです。
例えば、部下を一人つかまえて、「今期の売上目標 20億円」について問いただしたとします。「君は今期、この20億円を達成できるか」、「その信念を持ってやっているか」と聞けば、誰もが、「やります、やれます」と答えます。ところが、この瞬間に部下の心の中で何が起こっているかと言えば、実は、心の奥深くに「マイナスの想念」が溜まっていきます。表面意識では、「はい、20億円達成できると信じています。やります。やれます」と言ってはいるのですが、潜在意識の世界に「達成できなかったらどうしようか。いや、達成できないのではないか」という「マイナスの想念」が蓄積していくのです。
人間の心というものは、不思議なものです。小中学校の理科の授業で行った実験に、ガラス棒を絹の布でこすってプラスの電荷を起こすという実験があります。しかし、あの実験においては、実は、プラスの電荷だけが起こることはないのです。プラスの電荷が生まれるとき、必ず反対側に、マイナスの電荷が生まれてきます。
実は、人間の心もそれと同じであり、表面意識の世界で無理矢理「プラスの想念」を引き出すと、その反対側、潜在意識の世界、心の深い世界には「マイナスの想念」が溜まるのです。
つまり、その部下に対して、「本当に20億の目標、大丈夫だな」と、厳しく問いただせば、ただすほど、その部下は、ますます真剣な顔で「絶対に大丈夫です」と答えるのですが、その部下の心の奥深いところでは、「やれるかな。やれないのではないか。もし、やれなかったら、どうしよう。やれなかったら、何と言われるだろうか」といった不安と恐怖の想念が、どんどん溜まっていくのです。
従って、ここで申し上げる「リーダーが持つべき信念」、あるいは「信じる力」とは、単に表面意識の世界での信念ではなく、全身全霊、潜在意識の世界まで信じ込んでいるということなのです。
すなわち、「信じる力」とは、ある意味で「恐怖心」との戦いでもあります。逆に、我々経営者が部下や社員の前で何かを言った瞬間、私たちの心の奥には、「本当にやれるだろうか」という恐怖心が生まれます。我々の潜在意識の世界では、実は、その恐怖心と戦っているのですね。そして、我々の能力は、この恐怖心があるだけで、悲しいほどに委縮してしまうのですね。
例えば、いま、この床にチョークで30センチ幅の2本の線を引く。我々は、健常者ならば、この30センチ幅の道を、駆け抜けることができるのですね。しかし、もしこれが、断崖絶壁の上に架けてある丸太橋だったら、我々は、一歩たりとも歩めないでしょう。本来、30センチの幅をコントロールして歩く能力はあるにもかかわらず、心の中に恐怖心が生まれただけで、我々の能力は、恐ろしいほどに委縮してしまうのですね。
しかし、こうした潜在意識や無意識の世界をマネジメントすることは難しい。それを完璧にマネジメントできる人といえば、ある意味で、仏のような存在でしょう。しかし、そこまでいかなくとも、自分の深い意識の世界の恐怖心が見えている。そして、それに処する力を持っている。このあたりが、リーダーシップ論において最も難しく、最も面白く、最も深い世界だと思っています。
堀:ありがとうございます。せっかくですからもう少し踏み込んで伺ってみたいですね。そういった無意識の世界にはどうやったら到達できるのかという点について、お話しいただけますか。
田坂:それは、実はとても大切な質問ですね。なぜなら、優れたリーダーは、一つには、その無意識の世界が望ましい状態だからです。例えば、優れたリーダーや名経営者を見ていると、多くの場合、ある共通の資質がありますね。
それは「無邪気」ということです。そもそも「邪気」というのは「マイナスの想念」ですから、無邪気な人間には、心の深い部分に「マイナスの想念」が溜まらないのです。すなわち、無邪気ということは、ある意味で、優れた潜在意識のマネジメントなのですね。
先の問いに戻るならば、「20億円の目標を達成できるか」と問われて不安になるとすれば、それは人間には「分別」があるからです。できること、できないことを分けて考える力があるということ。普通の人間であるかぎり、必ず、この「分別」を持っている。そして、その分別ゆえ、「プラスの想念」と「マイナスの想念」が生まれ、「意欲や希望」と同時に、「不安や恐怖」も生まれる。
ただ、そうした人間の中で、一人だけ、そうした分別を持たない人間がいる。皆さんの身の回りにもいるでしょう。
それは、「赤子」や「幼児」や「子供」ですね。彼らは、まだ分別が身についていない時期であるがゆえに、「無邪気」であり、まさに「マイナスの想念」が無い。
例えば、小さな子供に将来の夢について聞く。「僕、宇宙飛行士になりたい。絶対、宇宙飛行士になるんだ」と話す子供は、将来に対する不安は無い。「僕、宇宙飛行士になれないのではないか」という「マイナスの想念」が無いのですね。自分の可能性を、無条件に信じ切っている。(会場笑)
だから、優れたリーダーや名経営者には、こうした「無邪気さ」を持っている人が多いのです。それは、実は、最も強力な「無意識のマネジメント」だからです。
では、こうした「無邪気さ」を、どうすれば身につけることができるのか。ただ、基本的に、こうした「無邪気さ」は、「天与の資質」としか説明しようがありません。世の中には、「根っからの楽天家」、「根っからの無邪気な性格」という人がいます。「あの社長は、どこか憎めないよね」と感じる人は、皆さんの周囲にもいると思います。そもそも、リーダーとは、天性の楽天性や無邪気さを持った人なのですね。
しかし、リーダーが持つべき楽天性や無邪気さを「天与の資質」と言ってしまうと、話が続きませんので、もし、そうした資質が天から与えられていない場合には、どうすれば良いか。
そのことについては、後ほど、お話したいと思います。
堀:ありがとうございました。では冨山さんにも同じ質問をいたします。リーダーの能力や資質に関して、特に冨山さんの見ておられるビジネスの世界においては、どのように位置づけておられますか。
そこで、この3日間を振り返ってみましょう。この3日間、さまざまなセッションがありました。そのなかで「胸を打つ言葉」がありましたね。また、「心に残る言葉」や「腹に響く言葉」も随分あったように思います。すなわち、「胸を打つ言葉」「心に残る言葉」「腹に響く言葉」。私は、そういった言葉を語れるかどうかが、非常に重要なリーダーの資質ではないかと思っています。端的に申し上げれば、リーダーに最も求められる資質は、「言葉の力」だと思っています。そして、私は、日本文化を大切にしている人間ですので、ここでは、日本という国に伝わる、あの言葉を申し上げたいと思います。
「言霊」(ことだま)。
これからの時代、日本のリーダーは、「言霊」を発することのできる人物でなければならないと思うのです。私は、海外の講演などにおいても、「KOTODAMA」という英語にして、その大切さを述べています。たった3人の職場のリーダーであろうが、日本という国のリーダーであろうが、リーダーたるもの、この「言霊」を発することができなければならない。そのことを、我々は、自らに問うてみるべきかと思います。
もとより、我々は、誰もが修行中の身。それゆえ、「自分の語っている言葉は軽いのではないか」と、ときに、深く反省するときもあるでしょう。自分の語った言葉が、部下、社員、県民、あるいは国民へどのように伝わっただろうか。胸を打つ言葉が、どれほどあっただろうか。心に残る言葉が、どれほど語れただろうか。腹に響く言葉を、どれほど発することができたか。そうしたことを反省するときがあります。
グローバリゼーションという大きな流れのなかにあって、「日本人はもっとディベートの力を磨くべきだ」と、よく言われます。たしかに、そういった能力も必要と思いますが、実は、欧米でも、本当にすごいリーダーは、ただ一言で、多くの人々の心を動かします。皆さんもよくご存じのあのリーダーは、そのただ一言で、多くの人々に大きな勇気を与え、変革の行動に駆り立てました。
“I have a dream.”。皆さんのなかにも、あのマルチン・ルーサー・キングの演説に、大きく心を動かされ、励まされた方がいるのではないでしょうか。
私はダボス会議などの国際会議にも、よく参加しますが、あの場において、欧米の論者の饒舌さに負けないように饒舌に話すことが国際戦略だとは思っていません。たしかに日本人は、もう少し喋ったほうがいいとは思いますが、やはり日本人は、言葉の数は少々足りなくとも、ひとたび発言を求められたら腹に響く言葉を発する人々でありたいと思います。そうした言葉の力で勝負できたならば、「KOTODAMA」という言葉も、いつか国際語になるのではないかと思っています。何年か先には、そうなってほしいですね。
ただ、このように、「リーダーには、言葉の力が求められる」「リーダーは、言霊を語らなければならない」と申し上げると、会場からは、「それは分かった。では、どうすれば、その言葉の力が身につくのか? 言霊を語れるようになるのか?」という疑問の声が挙がると思いますので、もう少し、話をさせて頂きたい。
心に残る言葉には、一つの共通点があります。それは、「自らが語っていることをどこまで深く信じているか」。究極的には、この一点だけです。
極論と思われるかもしれませんが、たとえ間違ったことであろうとも、本気で信じている人間が語る言葉は、心に響きます。実は、皆さんも経験的に、そのことを感じられているのではないでしょうか。逆に、言っていることは正しいが、心に響かない、ということもしばしば経験します。教科書のような本をたくさん読み、いつも模範的なことを言っている。しかし、それらの言葉の奥に少しも信念を感じない。自分で自分の言っていることを信じてないという言葉も、この世の中には数多くあります。そうした言葉よりも、多少、言い過ぎではないかと思えるような言葉であっても、その人が信じ込んで喋っているときには、それは「言霊」になります。その意味では、「信じる力」が、「言霊」を語る第一の条件だと思います。
しかし、こう申し上げると、「ああ、信念が大切ということですね」と思われる方が多いと思いますので、もう少し続けましょう。
例えば、皆さんが部下に、「君は信念を持っているか?」と聞けば、大概、「持っています」と答えるでしょう。しかし、それだけでは意味がないのですね。
なぜなら、「信じる力」ということの本当の意味は、「信念を持っているか」ということではないからです。「信じる力」の本当の意味は、「無意識の世界で、それを信じているか」ということなのです。
こう申し上げると、「そんな無体な」と思われるかもしれません。意識の働かないところ、自分自身にも分からないところで信じろと言われても、それは無理だと思われるでしょう。しかし、本当に信じているという状態というのは、自分の無意識の世界まで含めて、信じている状態を言うのです。
例えば、部下を一人つかまえて、「今期の売上目標 20億円」について問いただしたとします。「君は今期、この20億円を達成できるか」、「その信念を持ってやっているか」と聞けば、誰もが、「やります、やれます」と答えます。ところが、この瞬間に部下の心の中で何が起こっているかと言えば、実は、心の奥深くに「マイナスの想念」が溜まっていきます。表面意識では、「はい、20億円達成できると信じています。やります。やれます」と言ってはいるのですが、潜在意識の世界に「達成できなかったらどうしようか。いや、達成できないのではないか」という「マイナスの想念」が蓄積していくのです。
人間の心というものは、不思議なものです。小中学校の理科の授業で行った実験に、ガラス棒を絹の布でこすってプラスの電荷を起こすという実験があります。しかし、あの実験においては、実は、プラスの電荷だけが起こることはないのです。プラスの電荷が生まれるとき、必ず反対側に、マイナスの電荷が生まれてきます。
実は、人間の心もそれと同じであり、表面意識の世界で無理矢理「プラスの想念」を引き出すと、その反対側、潜在意識の世界、心の深い世界には「マイナスの想念」が溜まるのです。
つまり、その部下に対して、「本当に20億の目標、大丈夫だな」と、厳しく問いただせば、ただすほど、その部下は、ますます真剣な顔で「絶対に大丈夫です」と答えるのですが、その部下の心の奥深いところでは、「やれるかな。やれないのではないか。もし、やれなかったら、どうしよう。やれなかったら、何と言われるだろうか」といった不安と恐怖の想念が、どんどん溜まっていくのです。
従って、ここで申し上げる「リーダーが持つべき信念」、あるいは「信じる力」とは、単に表面意識の世界での信念ではなく、全身全霊、潜在意識の世界まで信じ込んでいるということなのです。
すなわち、「信じる力」とは、ある意味で「恐怖心」との戦いでもあります。逆に、我々経営者が部下や社員の前で何かを言った瞬間、私たちの心の奥には、「本当にやれるだろうか」という恐怖心が生まれます。我々の潜在意識の世界では、実は、その恐怖心と戦っているのですね。そして、我々の能力は、この恐怖心があるだけで、悲しいほどに委縮してしまうのですね。
例えば、いま、この床にチョークで30センチ幅の2本の線を引く。我々は、健常者ならば、この30センチ幅の道を、駆け抜けることができるのですね。しかし、もしこれが、断崖絶壁の上に架けてある丸太橋だったら、我々は、一歩たりとも歩めないでしょう。本来、30センチの幅をコントロールして歩く能力はあるにもかかわらず、心の中に恐怖心が生まれただけで、我々の能力は、恐ろしいほどに委縮してしまうのですね。
しかし、こうした潜在意識や無意識の世界をマネジメントすることは難しい。それを完璧にマネジメントできる人といえば、ある意味で、仏のような存在でしょう。しかし、そこまでいかなくとも、自分の深い意識の世界の恐怖心が見えている。そして、それに処する力を持っている。このあたりが、リーダーシップ論において最も難しく、最も面白く、最も深い世界だと思っています。
堀:ありがとうございます。せっかくですからもう少し踏み込んで伺ってみたいですね。そういった無意識の世界にはどうやったら到達できるのかという点について、お話しいただけますか。
田坂:それは、実はとても大切な質問ですね。なぜなら、優れたリーダーは、一つには、その無意識の世界が望ましい状態だからです。例えば、優れたリーダーや名経営者を見ていると、多くの場合、ある共通の資質がありますね。
それは「無邪気」ということです。そもそも「邪気」というのは「マイナスの想念」ですから、無邪気な人間には、心の深い部分に「マイナスの想念」が溜まらないのです。すなわち、無邪気ということは、ある意味で、優れた潜在意識のマネジメントなのですね。
先の問いに戻るならば、「20億円の目標を達成できるか」と問われて不安になるとすれば、それは人間には「分別」があるからです。できること、できないことを分けて考える力があるということ。普通の人間であるかぎり、必ず、この「分別」を持っている。そして、その分別ゆえ、「プラスの想念」と「マイナスの想念」が生まれ、「意欲や希望」と同時に、「不安や恐怖」も生まれる。
ただ、そうした人間の中で、一人だけ、そうした分別を持たない人間がいる。皆さんの身の回りにもいるでしょう。
それは、「赤子」や「幼児」や「子供」ですね。彼らは、まだ分別が身についていない時期であるがゆえに、「無邪気」であり、まさに「マイナスの想念」が無い。
例えば、小さな子供に将来の夢について聞く。「僕、宇宙飛行士になりたい。絶対、宇宙飛行士になるんだ」と話す子供は、将来に対する不安は無い。「僕、宇宙飛行士になれないのではないか」という「マイナスの想念」が無いのですね。自分の可能性を、無条件に信じ切っている。(会場笑)
だから、優れたリーダーや名経営者には、こうした「無邪気さ」を持っている人が多いのです。それは、実は、最も強力な「無意識のマネジメント」だからです。
では、こうした「無邪気さ」を、どうすれば身につけることができるのか。ただ、基本的に、こうした「無邪気さ」は、「天与の資質」としか説明しようがありません。世の中には、「根っからの楽天家」、「根っからの無邪気な性格」という人がいます。「あの社長は、どこか憎めないよね」と感じる人は、皆さんの周囲にもいると思います。そもそも、リーダーとは、天性の楽天性や無邪気さを持った人なのですね。
しかし、リーダーが持つべき楽天性や無邪気さを「天与の資質」と言ってしまうと、話が続きませんので、もし、そうした資質が天から与えられていない場合には、どうすれば良いか。
そのことについては、後ほど、お話したいと思います。
堀:ありがとうございました。では冨山さんにも同じ質問をいたします。リーダーの能力や資質に関して、特に冨山さんの見ておられるビジネスの世界においては、どのように位置づけておられますか。




