国籍や歴史など全てを超えさせた李会長の決意
吉川:会長とは87年と88年に会って以来あまり往来はなかったのですが、93年に再び会って、その顔を見たとき、本当に感じるものがありました。あのときは「サムスンを変えたい」ということで、グループの役員250人をフランクフルトまで連れて行っていたんですね。私に電話があったのはフランクフルトからでしたが、もう一度会って欲しいということで、後日改めて東京で会いました。「とにかく変えたい」と言っていたのですが、もう会長はほとんど寝ていないんですよ。毎日世界各地で役員たちに講演をしていました。サンフランシスコ、ロス、ニューヨーク、シカゴ…、世界中の先進国に赴いて、役員たちに「先進国はこうなんだぞ」ということを目の当たりに見せながら、毎日朝五時まで仕事をしていた。ですからもう肌荒れも本当にひどくてね。それを見て、私は感動したんです。日本人とか韓国人とかエンジニアという枠を捨てて、何か私がひとりの人間として役に立てるなら行こう。そう思って決心しました。ただ、韓国人は理の世界ですから(笑)、皆頭がいいわけですよ。だから私も少し勘違いしていて、日本のものづくりを教えれば半年ぐらいで帰れるかなと思っていました。でもそうはならなかった。それで文化を勉強して、何故日本の考え方が通じないかというのがやっと分かった。三年ぐらい歴史を勉強しました。今のご質問に答えるとすると、日本人とか韓国人とか恨みつらみとか、あるいは技術があるとかないとか…、そういうものは全部捨てていったんです。私を請うてくれるのならばね。そうしているうちに10年が経ってしまった。その間、どん底にいる韓国人も見たし、景気が良いときの韓国人も見たし、北朝鮮の怖さというのも体験しましたから、個人的には良かったなと思っています。
会場:二つほど質問がございます。私は東京の価値観というものを地方に在る本社へとフィードバックする部門におります。しかしなかなか会社の意識というものが変わりません。サムスンは4,000人の地域専門家の方がいらっしゃるということですが、どういった意思決定で現地からのフィードバックをものづくりに採り入れているのでしょうか。二つ目は最近、よく耳にするEVについてですが、従来の自動車メーカーや、モーターサイクルメーカーではなく、サムスンのような電機メーカーがEVをつくることに脅威を感じます。参考までにサムスンのEVに関する可能性についてお話がいただければと思っております。
吉川:意思決定については、恐らく皆さんも「財閥で会長だからもの凄いトップダウンなんじゃないか」と思っておられるのではないでしょうか。でも実はそうでもないんです。まず、サムスンは地域専門家制度をはじめたときに5つの本社を置くという方針を立てました。韓国だけではだめだから、アジア本社、ヨーロッパ本社、北米本社、日本本社をつくり、それぞれの本社に決定権を持たせたんです。また、私は日本の三現主義と異なる“新三現主義”と言っていますが、サムスンでは「現地・現材・現人」が基本です。現地では製造だけではなくR&Dも行い、現地で材料を調達し、現地の人々を雇用する。すると、たとえばインドでは冷蔵庫に鍵が欲しいということになるのですが、そのスペックはインド人が考えていくようになるんです。そんな風にして、すぐに製品へフィードバックする仕組みをつくっていたのですね。それからEVについてですが、サムスンは会長がエンジン車で悔しい思いをした瞬間から、実は電気自動車に入り込んでいます。もうエンジンはいいと。実際にはCT&Tというベンチャーを使って電気自動車やっています。現在、EVでトップは中国のBYDですね。それから韓国のCT&T、シリコンバレーのベンチャー企業テスラと続き、日本は4番手です。下手をすると日本のEVは負ける可能性があるかも知れません。もう考え方がまったく違いますから。日本人はリチウム電池を研究して300キロ走らせようとしますが、これは東京と熱海を往復できるという基準なんです。でも、このあいだ日産副社長の山下光彦さんに聞いたのですが、BYDはすでに302キロ走るEVをつくっているというんですよ。で、「ウソだろ!」と思って行ってみたら3トンぐらいの自動車で、そのうちの2トンが電池だった(笑)。ただ、日本ならそれは自動車じゃないと言いますが、実際に乗ったら熱海に行って帰ってくることができてしまう。だから売れるんですよ。そのようにして、彼らはまず売って、その後から少しずつ小さくしていくという発想なんです。でも日本は小さくなるまで出さない。何かこう…、消費者の望んでいる目的を見失っていますよね。「電池を小さくして、できるだけ走行距離を伸ばし、さらに値段が安くなるまで待とう」なんて言っているあいだに市場を奪われてしまう。たしかにリチウム電池は日本の技術が最高ですし、EVでは特に重要なパワー半導体分野を日本が圧倒的に押さえていますから、強みは大いにあります。しかし企業単体でやっているとこれまでと同じように持ってかれてしまう。やはり今日お話ししたように、国家プロジェクトとしてやっていく姿勢が大事だと個人的には思いますね。
会場:モジュール型とインテグラル型の関係でお伺いしたい点があります。「モジュール型では新興国市場で勝てない」とのお話がありましたが、顧客の声を聞いて発想を転換するのが大前提ということであれば、そこはモジュール型やインテグラル型に縛られず考えるべきということなのでしょうか。あるいは、やはりこれまでのインテグラル型を守っていったほうが良いということなのでしょうか。その辺のバランスを教えていただきたいと思っています。
吉川:そこは難しいところですね。インテグラルはある程度までモジュール化されていきます。設計者はインテグラルかモジュラーかを意識してやっているわけではなく、どちらかというとモジュールにしようとしてインテグラルになっているということですから。それがブラックボックスに包まれていくわけです。そこで私は国際標準化をとるべきだと思いますね。ですからインテグラル型かモジュラー型かを分ける必要はほとんどないだろうと思います。大事なのはブラックボックスをインテグラルにして外をモジュラーにすること。モジュラー化とは、ひとつの機能としてインターフェースを標準化していくことですから。それが国際標準化になればいいわけですよね。そういう形で出していくのが良いのではないかと思います。
会場:機械メーカーに勤めております。先生から見てサムスンのアキレス腱、あるいは課題があれば教えていただきたいと思っています。
吉川:吉川:アキレス腱はいっぱいありますよ。ひとつは要素技術にあまりお金をつぎ込まないこと。今、サムスンが勝っているのは金と度胸でやっているものばかりでしょ? でも金と度胸があるのは韓国に限らない。凄い勢いで中国が立ち上がってきている結果として負けることもあって、現に液晶テレビも中国市場からは、ほぼ撤退に追い込まれています。現場のほうでサムスンは4位か5位ですよね。(低価格の中国と高品質の日本とに挟まれるという)サンドイッチ現象が起こっていますから。だから現在は中国で売れている電子デバイスや装置に方向転換をしているんです。積層コンデンサもばんばんやるし、半導体製造装置もやるし、フォトレジストにも手を出す。たしかにこの方向転換は脅威ではありますが、こういった分野だけはかなりの基礎技術が必要です。日本は基礎技術や要素技術が強いのだから、やはりその点を意識して“持っていかれないように”すること。日本はガードが甘い。人材ごと持って行かれますよね。だから先日、御社の専務にもお話ししておきましたよ。「ガードが甘いから堅くしろ」って(笑)。
尾関氏:ありがとうございます。今日は私も聞いていて感激してしまいました。時間になりましたので講演会はこれで終わりたいと思いますが、本当に面白いお話を伺えました。本日は誠にありがとうございました。




