アートもエンタテイメントも“暇つぶし”(夏野)
会場:私は現在東京オリンピックの招致委員を務めているのですが、そのことと本日のお話のなかで関連していると感じた点について、ぜひ聞かせてください。オリンピックでは今後、テコンドーが正式種目になります。空手でなくテコンドーが正式種目になったのは、実は韓国がテコンドーの伝統や文化を捨てた側面があるためでした。彼らは伝統的なテコンドーの格式をあえて捨て、世界中の人々が勝てるテコンドーを普及させていく道を選びました。空手はそれをしなかった。その結果、空手がオリンピックの正式種目になる可能性は現在、非常に低いままとなってしまいました。個人的にはそれがとても残念です。私自身はそれが、グローバルに空手を広めていくためのプロデューサーが日本にいなかったせいだとも、ましてやインフラを揃えることができなかったせいだとも思っていません。欠如していたのは、「広めていくために何をするか」を考え抜く国家戦略ではなかったかと思っています。そこで夏野さんにお聞きしたいのですが、iモードを海外へ広めていこうとしたとき、官のサポートや国家的な戦略はあったのでしょうか?
夏野:結論から言うと、ありません。実は、まずiモードを国際的に広げるという話はマスコミが騒いでいたものだったのですが、それはNTTドコモとしては国際的な技術の標準化をめぐる防衛策にしか過ぎなかったんです。実際、その甲斐あってワイアレスインターネットにはほとんどiモードのプロトコルセットが採用されています。あまり知られていませんが、ほとんどiモードのTCP/IPが国際的にも標準化されているというのが真実なんですね。ですから、巷では海外でiモードが失敗したといった話にはなっていますが、実はそれほどコストすらかけてないし、そもそもビジネスモデル自体なかったんです。
会場:内海さんと猪子さんに質問させてください。ゲームやコンテンツを作るにあたって「これはウケるだろう」という感覚はまったく生まれないのでしょうか。プロダクトを作るとき、まずはクリエイターに強い思いが必要であることは理解できます。しかしグローバルに広げていこうとすれば、ユーザー側の視点というか、地域によって異なる感性や文化も大いに考慮する必要があると思うのですが。
猪子:僕は、いつだってウケたくて作っていますよ(笑)。常にターゲットに合わせて作っています。プロダクトを作るときは、基本的には自分がターゲットになりきるということなんです。自分がユーザーとしてこのプロダクトに触れたら「きっと興奮できる」とか「絶対人にも教えるだろうな」と思えるものを作っています。
内海:クリエイターは当然、自分の世界を持っていますが、基本的には皆、ウケたいと思っているんですよ。手を叩いて貰いたいと。すかしている人もいますが、本質的にはウケたいと思っている。ウケれば、それが次にも繋がりますから。
それで「これはウケるだろう」と思って作った結果、その通りになったものもあるし、ならなかったものもあります。ゲームは一部でコンシューマプロダクト的な存在になってきていますから。凄いマスプロダクトもあれば、マニアックなものもある。ゲームと言ったとき、それがインターネットと同じように広い世界を指す言葉になりつつあるんです。だからビジネスモデルがずいぶん変わってきて、ウケかた自体もずいぶん多様化してきているのかなという印象はあります。
会場:エンタテインメントとアートの違いについてどのようにお考えでしょうか。何がエンタテインメントであり、何がアートなのか。あるいはエンタテインメントとはどのあたりからを指すものなのか・・・。室町時代以前に日本文化の主流だった和歌には、もともとインタラクティブな要素がありました。ですからインタラクティブなエンタテインメントの要素を日本人はもともと持っていたと思えるのですが、この点を含めていかがお考えでしょうか。
内海:アートが昔、どうやって成り立っていたかと言えば、気に入った作家にパトロンがつき、強力にサポートをしていました。私たちがやっているのは、エンタテインメントですが、それでも、いくらかアート的な要素が融合されていなければ形にならないという気がしています。何をもってアートとするかが微妙なところではありますが、ただ、少なくともある尺度にもとづいた美しさが入っていて、それを生み出した作り手の思いのようなものが受け手の支持を引き出すという意味から考えれば、エンタテインメントとアートのコンビネーションは必要でしょう。
あと、インタラクティブという点ですが、ゲームはもともとインタラクティブなフォームですよね。私はそれに加えて、そもそもあらゆるエンタテインメントにインタラクティブな要素が含まれていると思っています。舞台一つとっても演者のストーリーだけでなく、観客を含めたインタラクティブな空間が存在していますし。たまたま直近の40〜50年、テレビやラジオから流れる一方的な「ストーリー」ばかりが強調されていたというところではないでしょうか。本質的にはエンタテインメントはインタラクティブなものだと思います。
猪子:僕の定義では、アートというのはアウトプット先のないものです。アート以外はすべてアウトプット先としてのジャンル、産業がありますよね。映画一つをとってもそうです。でも、たとえば社会問題を解決するヒントになるかもしれないもの、新しい表現、新しい美しさ、もっと大きく言えば、未来のヒントになるになるような表現なのだけれど、アウトプット先のないものを僕はアートと呼んでいます。本来のアートというのは、もっと保守的なもので、カテゴリーも色々あるけれど、正直、僕はそこは全く興味がないんですね。アウトプット先があるのであれば、産業に合わせればいいじゃないか、と思う。
ただ、社会にとってアートそのものは、もはやエンタテインメントになっています。エンタテインメントとアートの区切りはほとんど存在しない。なぜかというと簡単で、情報化社会の登場以前は情報流通チャネル自体が少なかったからです。テレビも新聞も数チャネル程度ですよね。インターネットになった瞬間、それが数兆〜数十兆になった。そうなると、社会にとって“勝てるものの定義”自体が変化するんです。たとえば「和田アキ子さんと初音ミク、どちらがコンテンツとして価値が高いと思いますか?」と質問されたら、ネット以前の社会では皆が自動的に和田アキ子さんと答えていた。だって、テレビ最強コンテンツですよね。紅白歌合戦のトリを務めるんですから。100人に訊いたら99人は和田さんと答えていたかもしれません。というか、99人は初音ミクを知らないし(笑)。そうすると、初音ミクの100倍程度の価値が和田さんにあったということになるんですよ。でもネット情報化社会になった瞬間、質問が変わるんです。「あなたの渇望は何ですか?」と。すると、今度は誰も和田アキ子さんとは答えなくなる。YouTubeでわざわざ和田アキ子の出ている動画ばかり検索して見る人なんていませんから。そして初音ミクと答える人が1人いる。そうすると初音ミクが和田さんの“無限倍”の価値を持っていることになる。つまり、価値が変わるんです。だから“イッちゃったもの”を作るんです。少ないコストで勝つためには普通のものを作っていても受けないし、流通しませんから。だからアートが最大のエンタテインメントになるんです。
そして、アートがエンタテインメントになるスパンが短くなっている。例えば何年か前にアートの世界で起きたヒットが、量産品のTシャツのデザインに採用されてウケたりする。ゲームの音楽をメディアアートの世界の人が評価したり、同時になっていることだってあります。
夏野:私としては「これが果たしてエンタテインメントなのか、アートなのか」と分けて考えることにそれほど意味はないと思っています。だって、どちらも“暇つぶし”じゃないですか。貴族が戦争をしなくても済むから始めたという豊かな遊びの話ですから。究極的には人生、皆、暇つぶしでしょう?
少し冒頭の話に戻したいのですが、とにかく日本人は世界にアート的なものを山ほど発信していて、世界的に著名な人も山ほどいます。それなのに、なぜテクノロジー的な領域ではグローバルに勝てないかという話になったとき、私は日本の行きすぎた分業に問題があると思います。たとえば建築家を理科系のように捉えるのは日本だけ。本来はアートなのに、日本人はすぐ構造計算の知識が必要とか、色々と言い出してしまう。分業し過ぎて自分の殻に閉じこもって、自分の領域にしかものを言わないから、全体でコンセンサスを作る段階で、ろくなものが出てこないんです。チームラボとかって分業じゃないんでしょう? お互い言いたいこと言い合っているんでしょう?
猪子:そうそう。
夏野:なのに、単に楽をするために分業してしまっているところも多くあると思います。さっき猪子さんの話を聞いて面白いなと思ったのですが、分業は同時に、能力のないホワイトカラーをたくさん雇うための仕組みでもあるんですね。だからこそ、そこで組織の壁を越えて何かをしようとすると怒られもする。でもそこで怯まず、良いと思ったら何にでも強い思いを持って口を出していくべきです。そういうこと含めて考えると、これはアートか、エンタテインメントか、という議論一つとっても、あまりそんなふうに色々分けて考えないほうがいいんじゃないかと思えてくるんですね。大事なのは「お金を払って良かった」とか「時間使って良かった」と思って貰えるような、そんな主観的な満足度を与えられるものが作れるかどうかに尽きるわけですから。そういう軸だけで考えたほうがいいんじゃないでしょうか。
川上:皆さん、ありがとうございます。特にオチはないんですが、今回のお話は、ぜひ皆さんのなかで自分なりに落とし込んで色々と考えてみていただければと思います。




