パネリスト:
朝倉陽保 株式会社産業革新機構 最高執行責任者(COO)
渋澤健氏 コモンズ投信株式会社 会長
山田俊一 ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント株式会社 マネージング・ディレクター企画調査部長/グロービス経営大学院専任教員
ファシリテーター:
廣瀬聡 AIU保険会社 執行役員/グロービス経営大学院 専任教員
廣瀬:今日は素晴らしい方々にご登壇頂いています。まずは自己紹介がてら、昨年発生した金融危機の評価を含めて、金融界の現状認識をお話しいただけますか。
朝倉陽保 株式会社産業革新機構 最高執行責任者(COO)
渋澤健氏 コモンズ投信株式会社 会長
山田俊一 ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント株式会社 マネージング・ディレクター企画調査部長/グロービス経営大学院専任教員
ファシリテーター:
廣瀬聡 AIU保険会社 執行役員/グロービス経営大学院 専任教員
廣瀬:今日は素晴らしい方々にご登壇頂いています。まずは自己紹介がてら、昨年発生した金融危機の評価を含めて、金融界の現状認識をお話しいただけますか。
グローバルな供給過剰はかなり根が深い(山田)
投資銀行は日本の証券会社のような形態ですが、ゴールドマン・サックスの投資銀行部門は昨年9月、銀行の形態に変わりました。証券会社と銀行の大きな違いは、米国では証券会社はSEC(証券取引委員会)が監督している。銀行はFRB(連邦準備制度)が監督している。SECは市場の公平性やインサイダー取引の有無などを監視していて、必ずしも証券会社の経営を監督していませんでした。それに対して、FRBは銀行の経営を監督しています。SECは公平性を見ていたけれども、会社としての健全性を見ていないので、「監督不行き届きではないか」という大きな批判を受けたわけです。結局SECがFRBに統合する前に、投資銀行がみんな銀行になりました。昨年は投資銀行がウォールストリートからいなくなった年です。
今回のバブルについては、マスコミ的には、「金融機関の倫理観の欠如」がホットトピックになっていますが、少し客観的に見てみましょう。バブルが発生するのは、資金を必要とする人とそこに資金を出す人、この両者がいるからですよね。今回の主人公は特に米国の個人でした。貯蓄が文化の日本とは違い、米国では消費が文化です。それでも以前は年収までしか消費できなかった。ところが2002年くらいから住宅の市場価格がどんどん上がってくる。家を持っていると、その家の価格が上がる。つまりP/L(損益計算書)は変わらないが、B/S(貸借対照表)での資産価値が上がって、上がった分も使える。米国の個人の間で、「家を持っていると年収よりもお金を使える」ということが、段々と浸透していってしまった。実際に、「運転免許証のような身分証明がなくても、家を買おうと思えば審査が下りる」ぐらい、杜撰な状態でした。
そんな資金ニーズに対して、どうして資金が供給されたのか。通常ならそういう人には、銀行は金を貸さないはずですよね。証券化が背景にあります。ローンを組んでも銀行がすぐ証券化してほかに転売すれば、銀行としてはリスクがなくなります。それまで銀行が自身でB/Sのリスクを負って貸出をしていたのが、B/Sのリスクを負わなくても貸出ができるようになった。そのため、たがが緩んでしまったわけです。
証券化したものを誰が買うかというと、非常に低金利で金が回っていたところや、石油で儲かっていたところです。そういったところから、リスクマネーがどんどん供給されました。しかもその先にヘッジファンドがあり、デリバティブの市場が非常に大きくなった。金余りの中で、しかも通常の自分の資金だけではなくて、さらに何倍もお金を増やして投資した。その結果非常に大きなバブルが発生してしまいました。
当初これは、レバレッジ・貸出しの急速な収束というところから、信用不安が起こり金融危機になりましたが、とりあえず金融危機の状況はリーマン・ショック前くらいまで収束しています。日々の株価のボラティリティ、クレジット・スプレッドと呼ばれる負債金利などが収まってきているんです。
問題は、過去数年間、米国の消費者が自分の年収より多く消費することでGDPが成長していた。それを踏まえて供給のキャパシティをつくってしまったことです。これからは米国人が過剰消費をしない中での供給になるわけですから、今後深刻な問題になってくると思います。4〜6月期で景気が落ち着いたと思っている方が多いでしょうが、これは減産し過ぎたことによって在庫が足りなくなったので、取り戻すために工場がまた稼働し出したという短期的な復活です。根本的には米国の個人消費が戻らない限りは、中国に頼るしか、グローバルな供給が過剰になっている状況は解決できません。これはかなり根が深い問題だと思っています。
巨大なリスクマネーの登場で、一気にルールが変わってしまった(朝倉)
現状の金融情勢について、投資ファンド的な観点からお話しします。サブプライムローンがきっかけとなっていますが、おそらくあれは問題の根本ではなく、一つの現象でしかないと思います。もっと本質的なところに問題があります。その問題が蓄積しつつあるということは、金融業界関係者は2年前くらいから知っていたでしょう。
我々投資ファンドの業界でいうと、2007年頃に巨大なリスクマネーが日本にも入ってきました。投資ファンドの巨大化が始まったのです。03年以降はいい投資ができていましたが、巨額のお金が入ることによって、一気にゲームのルールが変わってしまった。結果として、08年、09年に金融危機を招いたのではないかと思います。
投資ファンドそのものが今後どういう方向に向かうかは議論の過程ですが、今やっていることは、「投資の判断基準を厳しくして、新規投資のスピードを落とす」。はっきり言って、それ以外のアイデアが出ていないのが現状です。日本の金融業界は海外に比べると傷が浅く、まだ健全な状況にあると言えます。しかし、私が個人的に心配しているのは、この金融危機の結果、日本の産業全体が大きなダメージ受けたことです。金融は確かに重要な機能の一つを果たしていますが、日本全体を考えた場合には、企業活動そのものが停滞してしまった事態は深刻です。これを解決していかなければならないということが、現在の最大の課題ではないかと思っています。
バブルや環境問題など「合成の誤謬」という矛盾がある(渋澤)
私自身は円の金利やデリバティブのトレーディング、為替のオプションのディーリング、株式のデリバティブ、それから自分の会社でオルタナティブ投資の分野のアドバイザリーをしてきました。コモンズ投信は、ちょうどリーマン・ショックのあった昨年9月から改名してローンチした会社です。
コモンズ投信について若干説明させてください。市場からは「日本の資本市場には長期資金が欠如している」との声をよく聞きます。経営者の方々からも、「株主が短期的な収益を目指しているので、経営まで不安定になりがちだ」との声が聞こえてきます。日本には、1500兆円もの個人金融資産があります。その大切な資源が、日本の将来の原動力になる民間企業の発展のために使われていないことは、もったいないかぎりです。ここに工夫の余地があるのではないか、という想いを持ったメンバーが集った独立系投信会社です。
投資信託を通じ、一般の生活者の皆さんにとっては、優良企業を具体的に応援・サポート出来る関係を、また、企業にとっては、長期資本を提供する生活者の方々との長期的な関係の構築を支援しています。これまでの金融業界にないユニークなモデルになるはずです。
グローバル資本主義が機能するには、三つの「共通言語」が必要ではないかと思います。一つは数字。数値化できることが大事です。二つ目は効率化。資本主義社会において、生産性を高める意味での効率です。三つ目が成長。投資するには、当然のことながら成長が必須条件です。ところが、この三つの「共通言語」の中に限界があり、その限界を知るべきではないかと最近、感じています。
一つ目の数値化について。例えば自分の価値を出すとき、体重、身長、IQなど一部は測れますが、全ては数値化できませんよね。つまり、見える資産と見えない資産がある。見えない価値のうち、なかなか数値化できない価値がある。例えばリーダーシップやコミュニケーション、企業文化など。我々は数値化できないところにも、企業の価値があると考えるべきです。
二つ目の効率化による生産性についてです。昨年のリーマン・ショック、サブプライムローンは、個々のプレイヤーが合理的、効率的に動き、収益性を上げようとした。ところが個々が効率的に動いても、必ずしも全体が効率的、合理的にはならなかった。いわゆる「合成の誤謬」という矛盾があることを、我々は認識すべきです。効率化・合理化して生産性を高めることにこだわり過ぎると、ショックに脆い面があると思っています。
三つ目の成長についてですが、実は自分自身がまだ整理できていません。例えば投資の立場では成長は必須です。極端な話、投資先の企業が収益性を10年後、20年後、30年後の成長まで先取りし、株価が上がり、エグジット出来れば、投資という観点では問題ありません。従来の投資の考え方ではエグジットを意識するので、なるべく収益を先取りしようとします。
しかし、ゴーイング・コンサーン(企業の存続可能性)の観点からすると、収益をすべて先取りするのはどうなのか。もう少し大きな話をします。例えばこの世界から戦争がなくなり、パンデミックがなくなり、飢餓がなくなるとすると、人類がどんどん増えますよね。これが地球の自然にとっていいのかという問題があります。日本は過去の20年くらい成長していないからダメだと言われます。そして経済成長をするために、人口を増やそうという話もあります。しかし逆から考えれば、人口が減るということは、成長の必要がないのかもしれない。維持さえできればいいのかもしれない。ちょっと整理できていないのは、これほど国が大きな借金を抱えている中で、経済的成長がないというのはさすがにまずいかなと思うからです。経済成長というのは、ある意味で投資や資本主義を考える大前提になっていましたが、果たしてそうなのかというのが、自分に対して今投げ掛けている問いであります。
廣瀬:今日この会場には、金融セクターで働いていらっしゃる方がかなりいらっしゃると思います。私自身も、最初は新生銀行という名前に変わりました日本長期信用銀行にいて、次にAIGという会社で働き、結果的に個人として、公的資金を受ける仕事を人生の中で2回も経験しています。愛着を持っている金融業界の大きな変化を身をもって体験してきました。その変化に対する評価は、きっと後世になってわかるでしょう。
山田さんの話の中では、資金を出す人と資金を使う人をつなぐのが金融で、金融が過剰な流動性を持つシステムをつくってしまったという構図が見えました。朝倉さんの話は、日本の金融業界への傷は浅いけれども、産業全体のダメージが心配だということ。渋澤さんは、例えば効率性・生産性を高めたり、投資して成長することは重要だけれども、それには限界があり、例えばバブルや環境問題などの合成の誤謬を避けられないという話をされました。それでは、金融の本来あるべき姿はどんなものなのか。そもそも金融とはどういうものか。それぞれのお考えを伺いたいと思います。




